第四日目 12月28日

キリマンジャロ空港行きのオランダ航空(KLM)に乗り込む
今回の旅行は全てKLMだ
機内食に出てくるパンは日本のパンよりもおいしい
帰りの便では2個づつもらった
一口チーズもやわらかくとっても満足
ただしパスタは茹でてから時間が経っているのでライスがいい味付けもちょうどよかった

ナイル川を見下ろして8時間かけ夜キリマンジャロへ到着
日本から6時間の時差がある
蒸し暑い入国カウンターに並び審査官が何か聞いてきたが愛想笑いでクリアー
出ると黒人さんがうようよいてタクシーはどうだ?と声をかけてくる
先に到着している三浦さんと佐々木さんも出迎えてくれた

空港では会津若松市のバスがお出迎え

タンザニアでは日本からの払い下げバスやトラックが色を変えることも社名を変えることなくそのまま使われているのを多く目撃する救急車も埼玉消防署と書いたままバスに生まれ変わっていた

バスは豪快な速度で他車を追い越しながら豪華な田舎のホテルに到着
庭は手入れされており、建物は全て平屋で部屋が渡り廊下でつながっている
きれいな水の入ったプールもある

ロビーでは明日からの予定について話していた
予定ではキリマンジャロに登ってから後サファリを楽しむはずであったが
ここのところの天候不順で道のコンディションが悪くサファリツアーを先にしたほうがよいとホセ(スペイン人でコーディネーター)から連絡があった
ほとんどの人の気持は早くキリマンジャロを登りたいという
だがホセは考えを曲げないタイプらしくサファリツアーが先になることになった

五日目 12月29日

朝食の前に少しの時間キリマンジャロの姿を眺めに行こうと4WD車2台に乗り込む


沿道にはずっとこんな感じのお店が並ぶ

YMCAにきたここからの景色が良いそうである
このYMCA(ユースホステルみたいなやつ)は1人旅でやってきた登山者が仲間を見つけてガイドを雇って登山するのにちょうどよい場所だそうだキリマンジャロに登るためには必ずガイドが必要なためだ

キリマンジャロはてっぺんが雲に隠れていた
少しの時間のはずだったが朝食まで待てきれずここでお茶を飲む

ここでメンバー紹介

左より松田千香代さん(紫外線が超苦手、慎重派、登りは超ゆっくり、でも下りはトップをゆく)
増田さん(通称マッシー・麻奈さんと同じ会社で登山経験なし)
山川亜希子さん(翻訳家、さすが旅なれているのかもっとも軽量の荷物)


左より
道家順子さん(仲のよさそうなご夫婦です。今回の旅を紹介してくれました。家では板の上に寝ているし木の枕を持参、仙人になりたいそうだ)
三浦幸恵さん(青年海外協力隊でモルジブで音楽隊をする。積極的に地元の人とコミュニケーションするのがうまかった)
道家佐一さん(マクロビオティックの料理が得意。鳥のさえずりを真似したり。積極的に写真を撮ってくれました)
広瀬麻奈さん(頼れるリーダー。一人で世界旅行もしていた)
佐々木美和さん(いつも元気な笑顔でパーティを明るくしキャンプではいつも三浦さんと一緒に食事時間に遅れてきた{遅れるのはいいんです私は気にならない人ですから})

ホテルに戻って朝食を済ませた後
アリューシャの近くのメルー山のふもとにある国立公園に向かう


キリンがお出迎え


トヨタの4WD車ランドクルーザー2台(白いのと後ろ3列シート9人乗りに大改造した70系(写真))に乗車していた
このランクルは宿泊所になったりこれからも大変お世話になるのであった・・・・


途中川を渡る場所があり緑のランクルでは重いので7人乗りの白のランクルに10人で乗り込み、無理やり川を越える
このときが最初の車でヒヤッとしたときだった
着いたのがこの木

いったんアリューシャ(中規模の町)に戻って地元の飲食店で食事

肉食が好きじゃない人が多いので魚料理を注文した
ご飯の隣にある白いのはウガリでとうもろこしのでんぷんと水でできたもの
手でこねて形を整えてスープにつけながら食べるそうだ
俺にはあわなかった


タンザニア2番目に目立つ山
メルー山
富士山そっくりである。標高はたしか4800m

明日のンゴロンゴロ国立公園にむけて長距離移動をする
雨でぬかるんだどろどろ道もすすむ


ンゴロンゴロの外輪山を登っている途中にパオパブの巨木があった
まるでお母さんみたいな木である

ふもとを見渡せるポイントに着くと観光客目当てに金属のかざりをもって子供達がやってきた
彼らは俺のはいていた地下足袋に注目し
「これはニンジャシューズだ」
と言ったらウケてそれからはみんなにニンジャシューズと呼ばれるようになってしまった
彼らは車のタイヤを利用したサンダルをはいていた
彼らはしつこく地下足袋を欲しがったがキリマンジャロをこれで登るんだからあげるわけにはゆかなかった
子供達はペンを欲しがる
そこで道家さんがペンとかざり2個を交換しようとしたら、子供はそのペンが気に入らなかったらしく交渉は成立しなかった
「そんなペンならもっとるわい」ってな感じ


ファーストコンタクトした象にみんなが喜ぶ
ドライバーはもっと先に行けばたくさん近くで見れるよという風だったが、野生の象を見るのは初めてである。そこのところを理解して欲しい


暗くなってから豪華なペンションに到着
ここに来るまでの田舎の道をランドクルーザーの屋根にのっかって来た
これもアフリカならではだ

夕食は豪華なコース料理となった
地元のビールを飲む
キリマンジャロ山とキリンが書かれたキリマンジャロビールが一番おいしい

六日目 12月30日


ここはコーヒー園に囲まれていた
キリマンジャロコーヒーはぜんぶ手で摘んでいるそうである
それもあって品質が優れている


ペンションにあったンゴロンゴロの衛星写真(特殊写真で赤いのが森)をもとに
スペイン人のホセがサファリのスケジュールを熱く語る
ホセは1日中しゃべっている人である
このときも話は30分以上続いたようだ
中央の青白い丸が巨大なクレーターで、中の野生動物を観察する
そのあとに地図左上に行ってセレンゲティ国立公園でマサイとキャンプする予定


日焼けの苦手な松田さん
窓際を逃れ中央に座るが屋根を開けられてしまったので車内に日傘が
ここまでやるとは見事と皆は関心


コーヒー園に囲まれた道を進む
途中に子供達が必ず手を振るのが印象的だった


田舎の幹線道路といったかんじ

話は変わるが心配していたマラリアの心配はないそうだ
それはこのあたりの標高が1000mを超えていてマラリア蚊がいないからだそうだ
暑さも赤道から5度南にあるだけだというのにほとんど感じない

ンゴロンゴロ・ナショナルパークの入り口に到着した
警備には機関銃をもった兵隊がいる


ンゴロンゴロのクレータのふちまで来た
向こうの山が反対側のふちになっている


このなかにたくさんの種類の野生動物達が住んでいる
陸上の動物達はクレーターの外へは出られないのでこの中だけで調和している。めずらしい場所だ


俺が銅像になったようだ


こっちの車のドライバーはシティマサイだそうだ
サファリにすごく詳しい
順子さんはすごく元気で走行中も車から頭をだしているか屋根に座ってる


巨大な盆栽のよう、さんご礁のようにもみえる上部が平らなアカシアの木


アカシアの林を越えて砂埃を上げながらクレーターの中に入ってきた

 
インパラとしまうま


ヌーの群れ


お休み中のハイエナ


じゃれあうライオンに

 
 群がる観光客
ライオンは知らん顔


フラミンゴの大群に見入ってしまう


ペンションで作ってもらったサンドイッチを食べている私達
その間にぽつぽつと雨が降り出してくる
雨が近づいてくることがサファリでははっきりとわかる
意外と大雨になってしまいランチごと車内に飛び込む
だが車内は雨漏りでそこでも大騒ぎ

雨で雄たけびをあげるカバ


クレーターから離れようとしたときに象が急接近してきた
車内で大騒ぎ
野生の象は動物園で見るものよりも威厳があるように思えた
ぞうの動画が見れます


クレーターを登ったところの大きなロッジで休憩
ンゴロンゴロを眺める
これは写真2枚を合成した


そこからキャンプ地へ向けて砂塵を舞い上げながらセレンゲティへ向かう
山よりもこちら側は乾いた土地だ


突如道をはずれ草原を進みはじめた
いったいどこへ向かっているのだろう

自分達の乗っているランドクルーザーが前の車から遅れをとり始めた
このあたりの草原がこのところの雨でやわらかくなっているのだ

やっちまったスタックだ

この緑のランドクルーザーは重いのだ
スコップもってる運転手は陽気に
「シャッターチャンスだぞ!」
と元気である。安心させようとしているのか

道家さんの写真
スコップとジャッキをつかって一度は脱出した
だがまたもやはまってしまう
一同ドキドキ・・・・

なんども掘り起こしては脱出を試みるがタイヤは空回りするばかり
もう一台で引っ張ってもだめ


日が暮れだしてきた
どうにもならない
道から30分ぐらい走ったところだ誰も人はいない
携帯電話も無線も届かない
ヌー・しろうま・ハイエナ・インパラ・が見守る
どうするんだ?

ホセが1台が応援を呼びに行こうと計画
今晩中に迎えにきてキャンプ場とピストン移送しようということになった

待つ5人
麻奈さん、佐々木さん、三浦さん、俺、ドライバー

一体どうなるのか・・・・・
彼らはこの暗闇の中、道のないサファリで目的地にたどり着いたのか・・・・
それだけが頼りだ

サファリに取り残された5人を待つ運命は・・・・

食料はない
水は一人1リットルぐらいはある
今晩中に彼らが救出に来てくれなければ車で30分の道のりを歩いてみようか
危険すぎる
ここは野生の王国、動物に比べこの環境下では人はなんてちっぽけな存在なんだろう
朝になったらひょっこりとマサイが来てくれるかも・・・・

希望があるとすれば・・・・

残された我らはとりわけ楽天家な人々だった(笑)
日本の仕事の話、麻奈さんの13年前のキリマンジャロ登山の話、旅のエピソード、ホセのことなどで盛り上がっていた

ただ一人ムッシ(ドライバー)がかわいそうに思えた
責任を感じているのだろう
元々無口な人だったがもっとしゃべらなくなってしまった
日本語でべらべらしゃべって盛り上がってたからかも(^^;

ムッシも話しの輪に入れようとジャンボの歌とキリマンジャロの歌教えてもらうことになった
「♪ジャンボ・ジャンボワナ・ハバリ・・・・♪」
「♪キリマンジャロ〜キリマンジャロ〜キリマンジャロ〜」
なかなか楽しい時間だ

トイレが困った
一瞬たりとも夜に車外にでるのは油断がならない
用足しているときにハイエナにガブッじゃ恥ずかしくて日本に帰れない
動物達を遠ざけるためにエンジンをかけてもらう
女の子は見張り役をたてて車の後ろで用事を済ませた

時々ヘッドライトを付けて自分達の位置を仲間に教える
屋根の上に立って光を探してみる
1時間しても2時間してもこない

夜9時か10時ごろはるか後方に光がみえる
左右に動いている
ムッシに言ってライトを付けてもらう
だが後方なので光は相手に見えるだろうか
そもそも救出しにきた車なのだろうか
いつの間にか見えなくなってしまった

同じようにもう一度同じ光が動いているところをみたが
消えてしまう
光は1つでバイクがナイトサファリを楽しんでいるのだろうか

やがてまた消えてしまい
夜11時、助手席で寝ることにした

七日目 12月31日

大草原にはヌーの道がある
草原にいく筋もの道がある
交差しながら、はてしなく続く
車のわだちのようにも見える

参考写真ナセラロックよりヌーの道を見渡す


時々目を覚ますが寝苦しくも疲れもしなかった
ただ心配だったのがこの窮地から生還できるのかということと
寝心地をよくするために倒した助手席のシートが元の位置に戻らないことだった
(車ごと救出されちゃったら弁償しなきゃいけないかにゃー・・・・・)

10分後に思いっきり体重をかけてシートを倒すとカチャッといって危機を逃れた

そう、ヌーの道である
どうしてこのような道ができるのか不思議だった
それがようやく解かった
ヌーは朝、一列になって移動するのである
皆は驚いた
「すげー!ヌーが一直線に並んでいる
    何百匹も一直線だ!
            どこまで続いてるんだ?」
これは感動した
サファリで取り残されたからこそ見えるこの風景ぞ
そんじょそこらの旅行者じゃみれまい

日の出のころ隊列は終わった
明るくなれば散らばってその辺の草を食べるのだろう

2002年最後の日
今日は皆にせかされキャンプで年越しうどんをつくらされる羽目になっている日である
俺もお調子者だ
「そんなにおうどんおいしかったら作って〜」
「材料と道具さえあればやりますよ」と返事をしてしまった
(ふっところがアフリカでキャンプでうどんやぞ、まさか準備できはすまい)

もし万が一、うどんができたら記念すべきキャンプでうどんアフリカ1番のりを果たすかもしれない

だがそれも生きてここから帰れたらのことさ、はははっ

ムッシがときどき無線に呼びかけていた
そして9時ごろ応答が返ってきた!
歓声をあげるメンバー達

しばらくして車が見えた

おぉぉぉぉー!
屋根に乗っかっているのはホセである
そして気づいた
ライトが片方しか点いていないのだ
ということは昨晩みたバイクのような明かりはホセ達だったのだ

彼らが車から降りてきたとき
さらにどよめきがおこった
おぉ

マサイやぁぁぁぁぁ

やったぁ!これで
車が脱出できんで歩いてサバンナおっても大丈夫や!

車から降りてくるマサイには本当にびっくりした
マサイも車のるんや!

皆もマサイがいるというだけでどっと安心した
間近でみるマサイははじめてである
すらっとして背が高くカッコイイ
人間はなんてこの草原では、か弱い動物なんだろうと思っていたのである
俺なんかこんなとこ歩いてたら
1時間もしないうちにハイエナに襲われてハゲワシに骨までつつかれているんだろうなぁと思ってたのである
だがマサイは違う
彼らがいれば大丈夫!

救出しに来てくれた車は緑のごついレンジローバー
彼らは昨夜からこの辺を探し回っていてくれていた
あの光がそうだったのだ
ホセはほとんど眠ってないそうだ
ホセは「そっちのライトが点いたからまわりこんで向かってたけど
ライトが消えてわからなくなった。あと15分ライトがついてたら・・・・
30分に一度ライトをつけておけばよかったのに」
確かにこちらも30分に一度はライトを付けていた
だが眠くなったので11時にはムッシも寝たのだと思う
それにしてもよく眠れた

もうひとつの喜びはおしっこを我慢せずによくなった
万が一助けが来なければ最も心配だったのが水だったからな
どうせ助かるだろうと楽観はしていたが一応最悪の事態には備えておくのが俺の主義である

しかしさすがアフリカと思ったのが彼らの道具
新しく手に入れた道具が大きな石だけ・・・・
まず大きなジャッキで車輪を浮かせる
スコップでタイヤの横と前方を掘る
持ってきた石を敷く
レンジローバーで引っ張る
そんなんでいいのかよぉ・・・・・

みんなで車を「せーの」で押して車は動き出した
やったぁ!
脱出成功
脱出したあと、もとの車にみんなは乗り込み恐る恐る土のやわらかい地域を脱出した
ここらだけスタックしやすいそうである

さあそして楽しいサファリの再開
屋根に乗っかって草原を見渡す

ガゼルの群れと一緒に走る
ヌーが前を横切りあわやぶつかりそうになる
ケニア野生動物写真館でアフリカの動物達の写真をみよう
うわぁきもちええわぁ
昨日の晩に助けてもらえなくてよかった

長い距離を移動した後、泊まるはずだったナセラロックが見えてきた



キャンプで先に到着していたメンバー(手前)が手を振る
感動!
もう山登りせんでもええような一仕事終えた気分である

遅くなった朝食を天幕に穴のいくつも開いたテントで食べる
パンとバターとチーズ、インスタントコーヒーと紅茶とミロという素朴な食事であったが
おなかがすいていたのでばくばく食べすっかり元気になった
食べ終わったごろに卵焼きやベーコンが出てきた。遅いって
白身ばかりの卵焼きだな〜と思っているとここいらへんの卵はみな黄身が白いそうである
ほんとうかぁ〜?
(のちにゆで卵を食べたときにびっくりしました。まじです。黄身が黄色じゃないんです)

しばらくこの辺で自由にぶらついてみる

まわりはどこ撮っても絵になってしまう風景

人工的なものが何ひとつみつからない
マサイの家があったがそれが自然に溶け込んでいてがっかりするどころか関心してしまった

道家佐一さんの撮ったマサイの家
これがマサイの家
いばらを利用して土で出来た低い家をかこっている
すばらしく素朴だ
順子さんとマサイ
お借りした写真(ひとつうえも)
道家さんの奥さんと佐々木さん三浦さんはマサイに屋敷(今はつかってない)のなかを見せてもらったそうである
うらやましい

皆が戻ってきた
新しいマサイがやってきてなにやら話してる
何を話しているのかさっぱりわからないが面白そう

マサイは背が高くみんなすらっとして太ったマサイは一人もいない
鍵をたくさんぶら下げてネックレスにしているマサイもいる
文明的なものはなにひとつ身につけていないのかとおもったら
腕時計をしているマサイが多い
噂には聞いていたがGショックしているマサイもいそうだ
マサイは貧しいのではない
自分の伝統文化の価値が西洋文明よりも魅力的だと知っている
そういうふうに思える


マサイ語を教わる三浦さん
三浦さんは積極的に他国の言葉や歌を教えてもらう
すごく尊敬した
俺は笑顔で見てるだけである
外交的でどこでも顔を出すけど引っ込み思案で自分から声をかけるのは苦手という性格である
うまいスタートを切れれば多弁なんだけどな
だから言葉を覚えるのがうまくならない


赤ん坊に群がる女性達
どこいっても赤ん坊は女性の一番人気だ
どーしても抱きたくてチャンスを狙っていたそうだ

ホセの提案で荷物をかたずけている間にナセラロックに登ろうということになった
かなりの急斜面である
俺は微笑む
力王(地下足袋、英語名ニンジャシューズ)の力の見せ所だ

ホセは軽々と岩を登っていく
ホセがロープでサポートする
俺もひょいひょい登っていく
みたか力王の力といったぐあいだ


そのよこをマサイがサンダルでこれも見事に軽々登ってくる


結構大変そうだ

いったん登りきったのかと思うとまだ上があり、みんなはここでいーじゃないのというがホセはてっぺんまで行かないと我慢ができないらしい
ホセは言ったらきかないたちなのである
ホセは「そこまでだよ〜10分でいけるよ」
といってそこまで行けたら
「この先にすばらしい景色のところがあるんだ」

「もういいよ」といえば10倍ぐらい行く為の理由を言ってどうしてもそこへ連れて行って
結局10分だったのが2時間になっちゃったりする人である
この旅の間、何度経験したことか(笑)
でも参加者に楽しんでもらいたいという気持ちがすごく強いのが分かるだけに、にくめない奴である


力王は今でも仕事用シューズとして役に立っている
スピリットダンスでは、靴を履くと自然な動きがしずらくなるのではだしになるが力王ならその心配がない
サバンナを力王で歩いていると、とっても気持ちいい
ぜひこれでキリマンジャロを登りたい
お勧めだから一度履いてみるといい
作業着屋さんで1500円だ
四国の石鎚山を登るのにベテランは皆地下足袋を履いている
それを見たのがきっかけだ
お客さんでよく石鎚山に登る人も登山靴よりもいいと言っていた
これ1足と長靴でお遍路1200kmを歩ききった倉敷の若住職もいたぐらいなのだから丈夫である

道家さんの写真
マサイの少年
誰を撮っても、どこを撮っても絵になっちゃう
(お借りした写真です)


ナセラ・ロック
道家さんが撮った写真2枚を合成しました

次のキャンプ地に移動
枯れた川を越えるランドクルーザーに皆ハラハラする


今年最後のキャンプ地に到着

食事の準備が出来るまでの間、丘のほうに歩いてゆくとキリンの群れが見えた
もう皆はキリンを見ても興奮しない
道家さん撮影キリン
「キリンがいるー」ってな感じでぼんやりと眺める

フンコロガシも発見した
本当に丸めているのである
女の子らは最初ぶんぶんあたりを飛んでいるのはカブトムシかなと思っていたそうだ
それがフンコロガシと気づいたときの反応が面白い

そうだ!
年越しうどんを作らなくては
キャンプに戻り小麦粉と塩があるのか聞いてみる
本当にこんなところでうどんが打てるのか?

とりあえずやらねばなるまい

小麦粉と塩と水を用意し小さな容器でかき混ぜる
はかりも軽量カップもない状態でのスタート
粉の状態はうどん専用粉とはまったく違う
グルテンがほどよくある中力粉が良いのであるが、まるで薄力粉のような感触
なんとか形を整えて寝かすこと1時間
足踏みをしてさらに寝かす

夕食はごはんと小魚の入った煮物でおいしかった
そのあとにうどんを伸ばし始める

きれいな布で拭いたテーブルの上に生地を広げ
ウガリ粉(コーンスターチみたいなもの)を打ち粉にしてワインのボトルを使って伸ばす

うどんを短いナイフで切って沸騰した湯の中に入れる
バスケットボールほどのボンベの上についたコンロ(日本のアウトドアショップで売っているものの10倍はある大きさ)を使った
ここでは包丁以外はなんでもでかい
注目される中、うどんが茹で上がった
普通なら冷水にさらしてうどんを絞めるが、水がないのでそのまま、かまあげうどんにすることに決定

うどんの香りがテントに充満する
だしも無いのでそのまま塩味で食べる
これがけっこう

うまい!


皆も大喜びである
道家さんに差し入れしてもらった醤油をかけてもおいしい

あっというまに全部なくなってしまう
麺がなくなった後がまた面白いのである

誰かが「水に小麦粉を溶かしたものをつけると肌がきれいになるんよ」
「このうどんのお湯も付けたらどうだろ」
1人が手の甲につけて試してみる
効果がありそうだというとほとんど全員が試すのである
顔にもぬっていた
半ば呆れる男性陣
湯が熱いのをかえりみず、つやつやになるためには火傷の危険もおしまないというのか
このサバンナで鍛えられたのか、砂埃と日射で傷ついたであろう肌をよほど心配していたのであろうか

ともあれ、俺はホッとしたし
サファリでうどん打ちという新たな伝説を作ってしまった俺に拍手を送りたい気分だった

そして今回の旅初めてのテントでの宿泊
4人用テントに一人で寝られることになった
長いテント泊を覚悟していたので日本からお気に入りのマットを持っていっていた
ところが用意されていたのがその5倍ぐらいの厚みのあるクッションのたっぷり効いたマットでわざわざ持ってきた意味が無いのかに思えた
「こんなかさばるもんをアウトドア用で使うとはさすがアフリカ」
欧米人は普通の薄いマットでは硬いと文句がでるらしい

深夜・・・・
ザザザーーーーーーーーーーー
うわ!豪雨や
すごい雨が降っている
まるでテントの下にも流れているようだ
天井の中央から雨漏りもする
古いテントではなかったが作りが雑なのだろう
持ってきたマットを隣に敷いてその上に荷物を置き、濡れるのを阻止した
役にたったじゃん(^^)

この豪雨で車は大丈夫か?
無事に帰れるんやろか・・・・


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