九日目 2003年1月2日

いよいよ待ちに待ったキリマンジャロへ登る日である
山へ持っていく荷物を準備しながら思ったこと
なんかもう充分アフリカ楽しんだ感じ
いよいよ本番だっちゅうのにおそらくほかのメンバー達も感じていたに違いない
もしも登れなくても思い残すことはない
そんな気分にさせてくれた濃いサファリだった
外に出てみるとキリマンジャロが顔をのぞかせている

あんなてっぺんまでいくのかぁー
指差しポーズをしてみる
ホテルを予定通り1時間ぐらいおくれて出発する


登山ゲート
登山許可をとるために山のゲートにある事務所で手続きを済ませる
少し降りて山を回り込みロンドロッシーゲートから入る
近頃の雨のためにものすごくぬかるんだ道だ
ランドクルーザーは大きく揺れ、横滑りしながらもなんとか進んでゆく
小さな村を通過するとたくさんの村の子供達が喜んで車を追いかけてきた
(物をねだるためなのだろうか・・・・・)
その考えはあっという間に取り消された
車がついにぬかるんだ坂道を登れなくなってしまった
ずるずるとタイヤが空転して立ち往生する

またか!
すると子供達が追いついてきた
すると子供達は周りに落ちている枝を拾っては滑っているタイヤの前に投げ込んだり車を押したりしてくれる

この道のわだちには何故か枝がたくさん散らばっているぞと不思議に思っていたら彼らの仕業だったのだ
なんて感心なんだ

彼らは窓べりをもって何かくれとねだる訳でもなく、楽しそうに「俺達にまかせとけ」といわんばかりに車を押してくれた

順子さんがカメラを向けるとかっこよくポーズを向けてくれる
都会っ子とはぜんぜん違うような気がする
立派な登山ガイドになることを目指している誇りなのだろうか
だか、この車は重すぎたようだ
とうとう我々は降りて見守った


わだちを避けながら車を登らせようとするが、わだちが深く泥で滑りやすいためにすぐに落ちて動けなくなってしまう
それを何度か繰り返してとうとうこの車で登るのをあきらめた
次にきていた白いランドクルーザーもお手上げだった
サファリで我々を助けてくれた緑のランドローバーがこの道を登れるかもしれないのでほかの車は荷物を降ろしてバックしていく


そんな状況でも子供達と遊んでいるみんなはまだ元気だ

しばらくしていると上から若者がぞろぞろ降りてきた
上の登山口で待っていたポーターだそうだ
荷物をここからあげてくれるのだ
われわれも車はあきらめて軽い手荷物だけもって登山口へゆくことにした

登り途中に巨大なワラビが群生していて、さすがアフリカは何でもでかいと実感
やがて緑のランドローバーが我々を追い越した
日本の4WDはどうして登れないのだぁ〜

ようやく登山口に到着、疲れた私達のためにテープルを用意してくれた
おなかもすいた、お昼をとっくに過ぎているのになにも食べてないのだ
早速サンドイッチを作ってくれた


新しい仲間もできた 右のベッキー(黒人の女の子)だ
今回日本人9人のパーティの予定だったがホセの知り合いで地元に住んでいる女の子が飛び入りで参加することになった
日本のお嬢様(左と中央)もあきれるお嬢さんっぷりを今後色々発見させてくれる楽しい仲間である


我々の荷物を運んでくれるサポーターが大勢集まってきた
下から見物しに来た子供達は熱心に荷造りを見つめる
サポーターのリーダーが激をとばしている
あまりの人数に驚き聞いてみると
サポータ総勢31人!
10人の登山客にその3倍もサポーターがいるなんてこりゃ大名行列だ
明らかに日本の登山とはちがう
小雨のなか我々は出発する

5895mのキリマンジャロに登るのに傘・・・・・・
しかも荷物はカメラと水筒と合羽、フリースぐらい
これはハイキングではないか!
これなら登れるかも・・・・
しかし雨で自慢の力王(地下足袋)が使えないのが非常に残念
くるぶしが隠れてないゴアテックスの靴を履いている
登山靴は持っているが重くて持ってこなかった
事前情報ではスニーカーでも行けるというからなめてるのである


最初のキャンプ場 フォレストキャンプ


今日はわずかな時間しか登らなかったと思ったが、密林で勾配がきつく足元がしっかりしていない状況だった
キャンプサイトに着くとみんなぐったり
三浦さんはおなかの調子が朝から悪かったようだが、何かに当たったのだろうか、ここに着いてからかなり辛そうである

次々とテントが立てられる
俺は一人でひとつのテントを与えられている。4人ぐらいは利用可能なテントなのでかなり広い
サファリキャンプでも使った特厚のマットレスもポーターさんが運んできた。ご苦労様

食事の支度ができたのでみんなは集まる
食事用テントを用意してくれていた
「このテントはサファリでトイレ部屋だったものではないか・・・・」

ホセと道家さんが摘んできた特大ワラビを煮て食べてみる
あくが強かったがなかなかおいしい
道家さんが家で焼いて持ってきてくれたお菓子もすばらしかった
と、そこで記念撮影(三浦さんは体調不良のためテントで休養中)

道家佐一さん、佐々木さん、私、山川さん
ホセ、道家順子さん
私、山川さん、ベッキー(緊張ぎみ)
道家順子さん、広瀬さん、松田さん、増田さん
ガイドのアロイースとレジナール

みんなものすごく元気そうでエネルギーにあふれている
やはり今が一番元気だったときだったのか・・・・・・・

今晩の食事
スパゲティ・トマトミートソース・チーズ・パイナップル

十日目 1月3日


出発前のフォレストキャンプ(2650m)

ここからは一日中ひたすら歩いてゆくので書くことは少なくなり、写真の紹介が多くなるが雰囲気を堪能してもらいたい


今日の前半は森の中をすすんでゆく
荷物がなくらくらく


ポーターさんたち
通り過ぎるたびに「ジャンボ」(こんにちわ)「アサンティー」(ありがとう)と声をかける
彼らの多くはガイドを目指しているそうだ はだしで歩いている人もいる


プロテア・キリマンジャリカという花


だんだん木々が少なくなってきたのは標高が上がってきたからだ

道家さんの写真

広瀬さんの写真
アザミ

広瀬さんの写真


15:50キャンプサイトに到着した(シーラ・T・キャンプ)

我々以外の観光客には今後数日間会わない
それはルートがほとんどの観光客が使わないルートを通っているからなのだ
一般の観光客が利用するのがマラングルート(MARANGU ROUTE)でコカコーラ・ルートとも呼ばれている
なぜコカコーラかというと最もお手軽だからだそうだ
これなら4泊5日で登頂も可能 宿泊は山小屋を使える
我々のルートは西から入っていくレモショ・ルート(LEMOSHO ROUTE)で最も景色の美しいルート
コカコーラルートに対してウイスキールートとも言うそうだ
ほとんどテント泊になる
さすが9泊10日もかけるだけある

テントでお茶を飲んだ後、時間があるので近くを散歩することにした
ホセは20分ぐらいで帰ってくると言っている
ホセちんの言うことだ
20分で帰ってくるはずがないではないか!
覚悟してライトとフリースをもってホセちんに付いてゆく(笑)

いったん見晴らしの良い高台に着く
少し山を見ているとホセは「こっちへいくともっときれいなんだ」
そらきた(笑)
確信に満ちた強引とも猛烈とも言える誘いに皆は従ってついてった
反論の余地はないんです・・・・・・
でもそこが面白かったりして
ほとんどのスペイン人がそうなのか、ホセだけ特別なのか考えながらついてゆく
見習わなければならない部分も、慣れなければならない部分もあるだろう・・・・・


見晴らしのいい場所に到着した
バックにはキリマンジャロがあるのだが雲が多くてなかなか頂上を見せてくれない


ぼんやりと頂上を眺める
俺は雲消しに挑戦してみた(雲を凝視して消える消えると思うと消えるのだ)
ちょっぴり消えてみんなの喝采を受ける
だがもうちょっとのところで気合が足りなかったのかすぐに雲が流れてくる。


このあたりの高さになると雲は地面を這っている(キャンプ地の標高3610m)
考えたら富士山3776mまでもう少しなのだ
富士山で高山病になる人は多いがみんな大丈夫そうだ


高山植物の一種?白いのは茎

予定通り!日没直前にキャンプに帰ってくることができた
20分なんて最初から信用してないよん。


食事の準備が整ったテント
食事(ポテトフライ・パン・チキン・煮豆)

「今日もありがとう」って言って寝る

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