第10章 オーランドから日本への帰路編

3月17日

 今日チェックアウトするので今まで使ってきた皮むき器やじゃがいもやオレンジジュースなどを「ここの棚の物は使っていいよ」というフリーと書いてある所に置いた。

 ニューヨーク行きのグレイハウンドバスに乗る。チケットは$85した。格安航空券を見つければきっと同額でニューヨークまで行ける。バスはとても混雑している。このバスに乗りきれない人もでた。早めに並んでいて正解だったな。

 久しぶりのバス泊。ニューヨークまで24時間かかる。飛行機の方が良かったなぁ。でも飛行機は英語の使えない俺にはめんどくさい。バスには出会いがあるからということでがまんがまん。

3月18日

 ワシントンまで来てようやく出会いがあった。隣に座っていたおばさんが降りて替わりにジョエルという韓国生まれのクリスチャンの白人が座った。日本に興味あるようで日本語を教えてあげたりした。「クリスチャンってなんて日本語で言うの?」という質問に「キリシタン」だと言った。もしかして間違ってたかも・・・・。ニューヨークに2泊する予定だというと、マンハッタンのコロンビア大学のそばに住んでいるので泊めてくれるそうだ。なんてラッキーなんだ。

 ニューヨークの彼のアパートに着いた。本当に目の前がコロンビア大学だ。家賃高そうだな。2部屋と簡単なキッチンとバスルームがある。ルームメイトがいて家賃を出し合ってるそうだ。隣にはいとこが住んでいてこちらの部屋の方がはるかに大きい。俺は狭いキッチンにマットを敷いて寝ることになる。

 晩御飯の買い物に出る。すぐそばがハーレム地区でスーパーは橋の下にあってとても家賃が安そう。肉や牛乳などはスーパーの中で仕切された冷凍室に自分で入っていって商品を取る。だから長い間そこにいると風邪を引く。うーん合理的。

 帰ってスケートで出かける。近くの公園になんとクジャクがいた。しかもハトのように自由に歩いている。近くの人もさして驚いていないし、追いかけてもびくともしない。俺めがけて綺麗な羽根を開けてきた。デジタルカメラがあればー。ニューヨークのど真ん中になぜ居るのかさっぱり分からない。奥が深い。

 アパートに帰って隣のいとこのシェリーの部屋でハンバーグを作る。シェリーはアメリカ人なのだが、見た目コリアンだ。なんだかまわりが騒がしい。ミーティングがあるそうで8人も部屋にいた。ハンバーグが足りないので切り分ける。どんどん俺の分が少なくなっていく。でもキムチは美味しかった。部屋はコリアン風の人が4人いた。うーん日本人の俺のことをどう思ってるんだろうか?。ミーティングというのはキリスト教関係のようだ。聖書のことを話している。よくわからん。

 食事が終わってジョエルにCASINOを教えてあげた。もう何人に広まったかな。

3月19日

 朝食を隣のシェリーの部屋で作った。今度はジョエルが作ってくれる。ピーマンとネギと卵でオムレツを作ってくれた。包丁さばきもフライパンさばきもあんまりうまくない。

 タイムズスクェアまでバスに乗っていく。バスも地下鉄も同じ料金でバスの方が遅いが、見晴らしがいいからだ。そこにある日本のデパートに似た建物を見物する。三越みたいに1階で宝飾品を扱っている。他の階は衣料品が多い。アメリカに来て初めてこんな形態の店を見つけて関心した。

 スケートに履き替えてマンハッタンを北上する。世界最大のナチュラルヒストリー館(自然歴史博物館)があってそこに入ったが、$8する。ワシントンでも似たような物をいくつか見たのであきらめた。

 セントラルパークを横断してメトロポリタン美術館の前まで行った。日本人が多い。ほとんどの人がバスでやってくるのでパックツアーの人たちだろう。中には入らずに出てくる人の観察したり、正面でスケートしていた。

 お腹がすいたので、ジョエルに教えてもらった107th-Broadwayにあるコーヒーショップでパンとコーヒーを飲んだ。とても安い。

 今日はとても寒い日だ。33F(約摂氏零度)なのに俺はTシャツと薄いシャツが2着だけ。寒さに強い白人達も厚いコートやジャケットを着ている。寒さが辛くなって3時にアパートに帰った。

 ジョエルが一冊の本を見せてくれた。その本にはおじいちゃんが韓国に居たときの写真が載っていた。キリスト教会とかが載っている。どうもジョエルのグランドファザーはたいした人らしい。

3月20日

 ジョエルに頼んでイエローページでバイク屋を探してもらった。バイク屋見物するためだ。

 マンハッタン郊外に地下鉄で行って少し歩いたところにハーレーショップがあった。そこでデイトナバイクウィークのショットグラスがあったので自分用とおみやげに4本購入。

 それからマンハッタンの繁華街のレザーショップに入った。いい品物がたくさんそろっている。値段を見ようとそのレザージャケットに手を伸ばすとメキシコ系に見える店員がやってきて、あからさまに売りつけようとする。値札には$599と書いてある。どうせ俺はトラベラーズチェックのみで$40しか無いもんね。いくらなら手頃かとか聞いてきたから、$400と言ったらポカーンとして必死に店長とも相談して$460と言った。だから$40しか持ってないっていうのに・・・・。チェックを見せてもカードが使えるとか言ってしつこいしつこい。日本人は金持ちだけじゃねーんだよ。俺って完全に冷やかし客だったみたい。

 そのそばのハーレーダビットソンニューヨークに入る。オーランドで見つけたベルトとバックルが心残りだったので探す。店員に聞くと俺の欲しいイーグル柄のバックルは一つしかないと言う。値段は$69だ。しかも赤青金銀とエルビスプレスリーしか似合わないような派手派手仕様。高いから無理だと言って$40のチェックを見せると特別だと言って$29にしてもらった。それなら手頃なので購入した。完全に部屋の飾り物になるだろうな。それにしてもこいつら日本人を完全にナメてる。その後QV−10のデイトナの写真を見せてあげると大喜び。うーん先に見せとけば良かった。

 そしてすぐ脇のもう一つのハーレーショップを紹介してもらった。さっきはレザー中心だったが、こっちは小さいアイテムやTシャツもある。こっちにベルトもバックルもいっぱいあるぞ。早速店員のお姉ちゃんにQV−10を見せてあげたら女なのに女のビキニの写真で大喜びして店員の男に見せびらかせて笑っている。さすがはアメリカ人だ。ベルトは探したが、気に入るのがなかったので帰った。

 おしっこがしたくなったので、たまたまそばにきれいなトイレがありそうな感じの建物があったので入った。そこはなんと日本人ばっかりに有名なNIKEタワーだった。6階まであって、全部NAKEばっかり。俺は別に興味ないのでトイレにまっすぐ駆け込んでいった。なかなかきれいだ。すっきりして、中をぶらついていると、店員の黒人がかぶっていたデイトナバイクウィークの帽子に気付いて話しかけてきた。そしてQV10を見せてあげると周りの店員達もやってきて大喜び。なんか俺、カシオの営業やってるみたい。

 お腹がすいたのでマクドナルドに行った。ニューヨークのマクドナルドは高い。フロリダならビックマックセットが$2.99なのにこっちでは$5.29する。チーズバーガー2個+ドリンクポテトセットが$3.99だったのでそれを買う。ニューヨークに初めて来たときもそうだったな。あのときよりはとても注文に慣れて、ケチャップをくれと言ったら、小さな袋入りを6つぐらいくれた。今までで一番多くくれたな。アメリカに来てケチャップでポテトを食べるのが完全に身に付いた。日本に帰ってもケチャップを付けよう。ラッキーなことに、ポテトの入れ物についているシールを剥がすと、ビックマックセットが当たった。今日ケネディ空港で晩飯として食べよう。あの大きなケネディ空港だからあるに違いない。

 店内に観光案内のチラシがあって、そこにハーレーダビットソンCafeというのがあった。チラシにはこれを持ってくるとTシャツかショットグラスをくれるそうだ。すぐそばなので行ってみる。

 すぐに店舗は見つかった。ニューヨークに限らず、住所さえ分かれば初めての場所でもすぐにたどり着ける。店内にはいるとハードロックが流れていて、様々なハーレーが飾ってある。まるで、ハードロックカフェをそのまんまハーレー風にした感じだ。さっそく店員にマクドから持ってきたチラシを見せてプレゼントをくれと言った。そしたら、店員は何か食べてくださいと言った。マクドで食べたからお腹いっぱいなのに。

 席について注文を取りに来たので、チラシを見せてどれを食べればグラスをくれるのか聞いた。$10以上するランチを注文しないとくれないそうだ。でもとても食べきれない。仕方ないのでグラスをあきらめるつもりでオレンジジュースを注文した。周りの客はハーレー乗りに見えない人達ばかりだ。汚い格好してるのは俺ぐらい。居心地が悪いのですぐ飲んだ。オレンジジュースはチップ込みで$3をテーブルに置く。

 レシートを持ってカウンターに行ってグラスをちょうだいと言ったら、困った顔をしていた。やはりか。すると店員がマスターを呼んだ。事情をマスターに説明すると、マスターがついてこいと行って言われるままについていった。すると、カウンターで使用していたショットグラスを今回だけだからなという感じでくれた。なんて親切なんだ。来てよかったぁ。

 スケートにはき直して、WESTENDst.のもう一つのバイク屋を探しに行った。マンハッタンの西に突き当たると空母がいた。そこは軍のミュージアムで入場料は$10。ミリタリーマニアだったら行くだろうな。バイク屋を見つけたけれどもパッとしなかったので入らなかった。

 それから南に進む。あまり観光客の来ないハドソンストリートあたりにカウボーイショップがあってそこに入った。皮や古着がいっぱいある。店員の女性がカウボーイスタイルしていてかっこいい。しかもさっきの店みたいなしつこさがない。いろいろ見回して、欲しくなる物がいろいろあったが、お金がないので帰ろうとすると、記念にそのお店のバッジをくれた。友達にもどうぞと3つもくれた。ごっついいひとや。526HudsonSt.に今度また行こう。

 もうアパートに荷物を取りに戻らないといけない時間になったので地下鉄で帰った。ジョエルに会うと、ジョエルがプレゼントだと言って本をくれた。包装にはkinokuniyaと書いてある。帰りの飛行機で開けてくれだそうだ。きっと聖書じゃないかなと思った。そして、「シーユーアゲイン」と言って別れた。

 地下鉄に乗って2時間でケネディ空港に到着した。ラッシュアワーだったので来るときと比べて安全そのものの感じ。

 空港内でマクドナルドを探す。昼に当たったビックマックセットを食べるためだ。だけど、どこを探しても見つからない。そんなバカなぁー。仕方ないので機内で食事が出るのを夢見てスニッカーズを食べた。

 飛行機に乗り込むと早速機内食。さすが「機内食のアシアナ」と言われるだけある。他は大したことないが・・・。ビーフを頼んだら韓国風焼き肉みたいで、キムチがとても辛い。その辛さを押さえるためにビールを飲む。

 アンカレッジについた。機内清掃のために降りる。タックスフリーの店があちこちにあったが、それほど安くない。円安のせいかな。ドリンクやスナック類は倍もする。

 機内に戻るとディナータイム。フィッシュを頼む。ホワイトワインも飲んだが、なかなか美味しかった。その後の高級ブランデーもなかなかいける。しばらくしてさらにオレンジジュースも飲む。食ったり飲んだりばっかりだ。

 機内ではリクライニングが少ないのでなかなか眠れない。ヘタしたらグレイハウンドバスよりも少ないかも。

3月21日

 アンカレッジを離陸したのが20日の23時ですぐに日付変更線を通過したため、1時間ぐらいしかこの日は存在しなかった。日記はなし。変な気分。

3月22日

 朝になって朝食が出た。オムレツを頼んだらポテトとエッグとベーコンだ。ヨーグルトとフルーツもついている。なかなか美味しかった。温まったトマトはまずかったが・・・。

 韓国のキンポ空港が濃霧のためにチェンジュでいったん着陸した。2時間ぐらい飛行機の中で待って飛び立った。

 キンポ空港に到着。成田への乗り換え便には間に合わない時間についたが、乗り換え便も同様に遅れたために成田行きに乗ることが出来た。隣に日本人の女の子が座ったので嬉しかったが、どうも話が合いそうにないので会話しなかった。アメリカ行く前に比べて、とても日本人が軟弱そうに見えてしまう。そう見えるのは成長した証拠なのだろうか。

 機内食は選択することが出来なかった。エビチリみたいな物とごはんとフルーツだ。

 成田に午後2時30分についた。池袋に住んでいる友人の大出に連絡を取り、奴のアパートでしばらく居候することにした。

3月27日

 大手の家を出る。本屋さんで地図を見て近郊のサービスエリアかパーキングエリアを探す。港北PAが東名高速の最初のPAなのでそこに行こう。電車に乗って近くの駅で降りてPAを歩いて探す。1時間かかってPAが見つかった。裏の柵から飛び込む。

 コーヒーを飲んで休憩。久しぶりのヒッチハイクだ。残り資金は1万円しかない。スナック売場のテーブルに座っている人に声をかけて大阪方面の車を探した。だが、なかなか長距離の人が見つからないので隣の大きなサービスエリアまででいいからと頼んで乗せてもらった。

 海老名サービスエリアに行く予定だったが、そのドライバーがその次の中井PAの方がいいと言ったので中井PAで降ろしてもらった。確かに大型トラックがたくさん止まっている。

 今度はPAの出口あたりでノートに大阪と書いて待つことにした。でもほとんどの人が無視するのでトラックのナンバーを確かめて運転手に直接乗せてくれるように頼んで廻った。夕方なのでここで一晩明かす人が多い。

 1時間以上すぎて徳島へ行くトラックを見つけ交渉するとようやく成功。助手席の扉を開けると毛布がいっぱい。とても席に座れないどうするんだ。何とか席によじ登って後ろの仮眠室で座ることにした。かなり年季が入っている。

 この人はゆっくり走る。どんどん他の車に抜かれてしまう。でも上り坂も下りもスピードメーターの針はぴたり80km。相当のベテランだ。聞くとこの走り方がもっとも燃費がよくて、しかも安全で時間通りに荷物を届けられるそうだ。確かに時速110キロぐらいで走っているトラックも多いが、すぐに前の車にじゃまされてブレーキを踏んでいる。この人はほとんどブレーキを使っていない。速度メーターの裏側に走行記録を付ける機械が入っている。それを見るとずっと80kmのまま。それを管理している人に見せるそうだ。他にもいろいろなことを教えてもらった。

 滋賀県に入ってドライバーの人がもうすぐ寝るので降りてくれと言われて多賀のサービスエリアで降ろしてもらった。1台のトラックでここまで来れたのだからとても嬉しい。

 今の時間は午後9時ぐらい。次のトラックを探す。四国ナンバーのトラックが結構置いてあったが、ほとんどのトラックはカーテンが掛かっている。ここで寝るらしい。一般の人にも聞いたが、だめだった。ここで一晩過ごすことにする。ここには仮眠所があるのでそこに入る。入場料は2時間600円だ。1時間ごとに100円かかる。

3月28日

 朝6時に起きて1100円払って外に出る。健康センターよりは安いな。仮眠所のクッションがよく効いていてよく眠れた。

 パーキングを見渡すと、昨日いた四国ナンバーのトラックはもういない。しかも大型トラック自体の数も少ない。いろいろ声をかけたが断られ続けた。春休みで家族連れもおおい、彼らにも声をかけたがやっぱりだめ。

 面倒くさくなって、近くに近江鉄道の駅があったのでパーキングの柵を乗り越え外に出てそこに行くことにした。

 近江鉄道の多賀駅から近江八幡駅に行ってJRに乗り換えて大阪駅まで行く。フェリーで松山まで行く予定に切り替えだ。大阪南港に行ってフェリーの時間と料金を確かめた。松山まで行くには関西汽船が5000円だ。でも東予まで行ってそこからバスに乗って松山に行く方だと4200円なのでそれにする。

 船が出るまで時間があるので、近くのワールド・トレーディング・センター(WTC)までインラインスケートで行ってきた。そこではたまたまバイクショーが開催されていた。だが入場料1500円まで払って見る必要はない。デイトナの方がよっぽどすごかったからだ。その近くでハーレーの試乗会をやっていたりした。インラインスケートでやってきた俺の方が注目を浴びていたような・・・。ここにデジカメもってきてたら相当面白かったのにな。

 帰りにサラリーマンに声をかけられてインラインスケートのことについて話をした。35才ぐらいでBMWのバイクを持っているそうだ。インラインスケートは通勤に履きたいそうだ。面白い人だな。

 夜遅くまでインラインスケートしたあと船に乗り込む。これでようやく松山に帰れる。

ご愛読ありがとうございました。


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