12月20日
幸せとはなりきること

幸せとは、頭の中にものをいっぱい詰めてない状態のことだと思った

比較するから苦しくなる

着る服を迷っているとき

進学を迷っているとき

今晩なにを作ろうか迷っているとき

間違いなく苦しい

車の運転に集中しきって高速道路を追い越しまくっているとき

間違いなく幸せを感じている

ちょっと危険だけどね

ま、わたしの場合うどん作りに集中しきるとき、スピリットダンスして音楽に体を任せているとき、仕事終わりにコーヒー飲みながら読書しているとき、ヨガしているとき、幸せを感じる

共通しているのは考えてないし求めてもいないってこと

”幸せの秘訣はなりきること”

それが今日出た言葉だった

12月11日
うどん講習会

久々に手打ちうどんと玄米ご飯の講習会をやります

1月の最後の日曜27日です

10:00から15:00ぐらいまで

会費2500円となっています

久々でどんどん埋まってますのでご予約はお早めに

12月11日
わたしは何故踊るのか

今日もコンサートで一踊りしてきて気分爽快になった

梅津寺駅そばのブエナビスタでインド楽器のシタールとタブラの演奏だ

聴くときにいつもしているのは身体全体を音楽をひたらせる
すると体が勝手に踊りだしてくる

スピリットダンスという会をやっていますがその効果のお陰で周りの目はお構いなし。

わたし一人だけ聴きながら踊っていました
だってとっても踊りやすい曲だったのですから

時々踊りながら考えがでてきます

シタールの響きを聴いていると体が弦になったような妄想になるときがあります

「踊れば強く叩かれてもよい響きしか返さない」

摩擦となるものがやってきたとき、こっちの体が強ばっていたり、抵抗しようとしたなら壊れたり、気持ちの悪い響きがでてしまう

普通の生活のうえで踊りがとても役に立つ

いやな客がきても、突然の事故にあっても、体がやわらかく反応する

ちょうど柳が風にゆれているように

松の雪折れという言葉がありますが、頑丈な体をつくり、必死に抵抗していてもいつかはボキッと折れてしまう

柳ならするりとかわしてしまう

うどんに例えるならば、乾麺は堅くて折れやすいが踊るうどんの麺はしなやかでお湯の流れに踊るのが得意といったところか

ちょうど昨日DVDの「その男ゾルバ」を見た

ゾルバは一人の息子が死んだとき、悲しみに耐えきれなくなり踊ったと

山根麻以さんの歌の中でアイヌ人の話が出てくる

ここでは戦いをやめて武器を捨て踊り出す人々のことが歌われている

踊りの効用のすごさは本当にすごい

人に見せるための踊りではなく、音楽を聴いて目を閉じ、立ち上がってゆらゆらと音楽を感じてみてほしい

やればやるほど辛いことがあったとき、喜びがあったとき気持ちよくなれます

12月1日
ほなちゃんを見つめているとありがたくなる・・・・・かも



下から眺めたほなちゃんを見ていると、似ている写真を思い出した

そうだ、ミャンマーの寺にあった大仏さんだわーい(嬉しい顔)

比べてみるとほなちゃんの方がありがたさが勝っている気がするあせあせ(飛び散る汗)

10月21日
ほなみちゃんスイッチ


このごろはほんとうによく笑うようになりました(写真はお食い初め)

どんどんあやしかたが進化していますから、わたしたちもすごーく成長させられていくのを感じます

自由は制限されるようになりましたが新しい事ばかり起こるので飽きませんね
まったく親馬鹿です



これからもどんどんほなみちゃんスイッチを見つけます

10月18日
松野町で山根麻以さんのライブがあります。そして踊るうどんも

伊予美人ライブというのが松野町の元伊予美人酒蔵で開催されます
わたしの大推奨ヴォーカリストの山根麻以さんが出演します
11月18日(日)14:30開場15:00開演

踊るうどんで前売り券を販売しています

そして何故か会場では「踊るうどん永木」うどんライブというのをやるはめに・・・・・

わたしが監督兼うどん打ちをしてうどん教室で学んだスタッフの人たちもうどんを打ちます

とにかく来て欲しいライブであります

詳しくはここ

10月17日
パラオ

パラオの国旗って日の丸とよく似ています
ちょっと感動する話です

http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-759.html

10月14日
亀田さんおつかれさま

亀田家(ボクシング)はボッコボコになっちゃってますが

今、内藤選手のことサンジャポでやってました

内藤選手って、いじめられっ子で強くなるためにボクシングを始めたんですね
そしてとても謙虚な優しい人柄のようでした

そんな人は今まで競争社会の中で日の目をみることがなかったのでしたが、社会の動きは今変わるんだなぁって実感


亀田一家が必死に努力してやってきたことは内藤選手の引き立て役だったんだなぁって実感

亀田さんありがとう。おつかれさまでした

10月11日
表面的強さと内面的弱さ


外見的な強さは求めれば求めるほどに、
その求めるが故に精神的には脆さを増し

外見的な美しさを求めれば求めるほどに、
その求めるが故に、我が目で見るものの多くが醜くなってゆく

赤ん坊のように強さや美しさを求めるということがなく、
あるがままの自分でいられる人が最も強さと美しさを持っているように見える

10月8日
いよいよ資本主義の終わるとき

こないだNHKでチベットに入り込んでいく資本主義というテーマみたいなのをやっていた

はじめ資本主義がヨーロッパで興ってきた頃、日本に入って来た頃は、目を輝かせている人も多かったと思うが、ここでは資本家がいかに腹黒く、幸せにしてくれるどころか共存よりも競争が勝って負の面ばかりが目立ってくる

とうとう資本主義の時代も終わりを告げているとわたしは見ている

資本主義というのも一時のブーム

ブームと言えば、女子高生に始まり、おばさんに終わります

おばちゃんまでがやり始めたら進んだ人は冷めて新しいことに向かい始めます

陰、極まって陽となす
陽、極まって陰となす

という言葉通りのことがこれから起こります

トランプのゲームで大富豪というのがありますが、地方ルールいろいろあるんですが、こっちでは革命というのを起こすと貧乏札を持っている人が最強に変わります

最も貧しかった国が最も豊かになり
最も豊かだった国が最も貧しくなる

これから資本主義が終わりますが、終わればそうなるんです

トランプみたいに一瞬でそうなります

どうしてなのかは知りませんけど
世の中の人を見る価値感っていうものが、どれだけたくさんの物を持っているかから、どれだけ豊かな心を持っているかへと次元上昇(シフトアップ・アセンション)するからみたいですよ

10月5日
ほなちゃんの悲劇

こないだ寝ていて夢を見たとき夢の中で誰かが私に意地悪をするのだ



仕返しに奴をひっくり返してほっぺたをつねってやった



ウギャァァァーーーーーという声で目が覚めた



つねったのは、ほなちゃんの脇の肉でした

10月2日
地球温暖化の原因はこっちじゃないかなぁ

この間の日記の続きを書こうと研究してましたらこんなことが出てきました

太陽系全体の星々で地球温暖化に似た変化やもっとすごいことが最近起こっているようです

この10年ぐらいで月には大気ができたり、火星の大気密度が上がったり、太陽の磁場は1901年以来230%強くなっていたり、天王星が遠くなっているのに明るくなったりと

どうもこの情報は黙殺されているみたいなんですが


【我々の太陽系は変化している】意識と物質が進化する:ロシアの見解の報告

http://www.asyura2.com/0403/jisin11/msg/200.html

9月27日
天宮図の自由研究

以前から気になってたことを研究してみようと思います

時々インスピレーションをもらう本でスワミ・スリ・ユクテスワの「聖なる科学」というのいうのがあります

インドの切手にもなったことのある精神世界では有名なパラマハンサ・ヨガナンダのお師匠さんの本です

この人はキリスト教とヒンズー教の一致点、あらゆる宗教の一致点を研究していた方でした

そのほか、図にある天宮図というのを本で説明してあって、暗黒時代と神々の時代(勝手にわたしが名を付けました)のわかりやすい説明をしています

簡単に説明しますと、図の上のほうが賢い時代で図の一番下のところが最も暗黒の時代で西暦500年頃です

暗黒の時代に起こることは物質的な目に見えることしか関心がなくなってしまう時代
この時代は最も争いの多い時代
だんだん時代が進んできますと蒸気に対する理解、電気に対する理解、磁気に対する理解、心に対する理解(最近になってストレスが理解されはじめました)
今はどんどん上昇期になってます

(ちょっと飛んだ話になります)
最も進んだ時代を神々の時代と名付けましたが、日本では八百万の神(やおろずのかみ)の時代のことではないかと思ってます、わたしたちは神であることをみんな知っていた時代(テレパシーや遠見や未来や過去を読み取ることができるので文字も携帯電話も、双眼鏡も武器も車も必要ない時代)ということです

でも頂点すぎるとだんだん人間は愚かになりテレパシーが使えなくなったので仕方なく意志伝達として文字を発明

実際に一番昔の文字の文法は今の言語の文法よりも優れていると言われているし、天体望遠鏡もなかったのに星々の動きを正確に記録しているし、ギリシャ時代の彫刻の方が、次のローマ時代のものよりも優れています
インドの図書館には紀元前に書かれた科学文書が相当ありますが、それを研究して特許を取ってお金にしようとしてインド人が怒っているニュースがあります(ちなみにそのインドの科学文書には書いた人の著名がありません(自我だらけで特許を取って儲ようと企む人にはこのことを理解できないでしょう・ほんとうに偉大な人というのは偉大ことを成し遂げても、名乗りを上げたり、見返りを求めたりしないものです))

人間の知性は右肩上がりに上がってきているという誤解と本当の知性のある社会とはどんなんだろ?っていうのを研究してみます

ま、いつもだいたい3日坊主ならず1日坊主だったりしますが

9月22日
悪は根絶させなければならないって?

悪は根絶させなければならない

その言葉、だれか特別な人が言い始めたのかもしれない

しかし意味はふたつ取ることができる

自分の内側にある、「悪(善悪という概念)」を根絶するのか

自分の外側にある、「悪(悪い奴)」を根絶するのか

内に向かえば涅槃(ねはん)=ゴールへ至るが、外へ向かえばますます悪人が増える

スピリチュアルとかアセンション(次元上昇)という言葉が使われることが多くなった

時代は数千年ぶりに内側にある悪を取り除くことに気付く頃になってきている

例えば時代が変われば人の欠点ばかり指摘して人気を集めた政治家も変化して楽しい話をする人ばかりになります

いまは娘が父を殺したり悲惨な事件があとを経ちませんが、これは映画や、テレビ、ゲーム、漫画が悪い奴は消していいとばかり発信しているからそうなってしまうのです

9月21日
善と悪  イティハーサの紹介

悪には悪の役割があり
善には善の役割がある

一方が無くなれば他方も無くなる

善と悪はお互いに支え合っているもの

悪が悪としての自分の役割を知ったとき、善がその善たる役割を知ったとき、善と悪は消えて無くなる


漫画のイティハーサ知ってます?

ちょうどはまってるところなんですが、善神と悪神が戦いをします、その中間にどちらでもない神が居ます
主人公も、善神につく人、悪神につく人、善と悪というのが分からずに中間で悩む者、それぞれ魅力的に描かれています
超古代日本神道系SF漫画でとっても面白いよ

9月17日
アネモネ販売中 山根麻以さんと船越康弘さんの記事

このあいだ山中湖のコンサートにいってきた山根麻以さんことがアネモネに載っています

縁あってお店で販売中です

通信販売もできます


おやっと思ったのですが、この号の一番最初の特集は船越康弘さんでした、数ヶ月前に今治で講演を聴いたんです

さらには1週間ほど前にも船越さんと踊るうどんがご縁がありました

そしたら特集組まれています

短い間に3度ご縁があるとは・・・

近いですしちょっと「わら」に行ってみようと思います

写真
写真は嫁さんの実家で嫁が撮りました
そよ風と光が気持ちよさそうわーい(嬉しい顔)

今日はじっとわたし見つめるほなみちゃんの額から胸までを人差し指でなぞりました

そうしたら直前まで遊んでいたのに爆睡したのです

これは眠りのおまじないか?

写真

9月16日
神の目線からすれば

赤ん坊をみていて思ったこと

ほなみちゃんは無邪気

邪(よこしま)な心をもたない

そもそもよこしまという事を知らない

だからほなみちゃんには原罪がない

アダムとイブの食べた智恵の実を食べてはいない

イエスはマリアから生まれた

マリアには原罪がなかったからイエスが生まれたのだという

わたしはマリアは無邪気な女性だったと思っている

自由奔放

天然系で赤子のように目の澄んだ女性だったに違いないのではないかと

テーマとはずれた話をしてしまった

良いことをたくさんして有名になっている人がいます

たとえばマザー・テ○サだとしましょう

賞賛されている彼女よりも親の借金返済のためにソープランドで働いている女性の方が神から見て慈しみたくなる行いに見えるのではないかと思うんです

テ○サさんも自分の中の最善をするために沢山ののしられたり、怪我もしましたが、全然名を残さない人ですばらしい人は沢山いると思ってしまうのです

(ちなみにわたしはテ○サさんは無償の愛を実践したすばらしい人だと思っていますし、残された言葉も大好きです)

良い行いをしてみても人前で目立ってやる人は徳がない
賞賛されることが目的だったりして・・・

自分がよいと思うことは陰で誰にも見つからないようにひっそりやるのがいい

その習慣がある人とない人では大きな違いが出てくる

陰で良いことをしている(仏教用語で陰徳を積む)人は悪そうな人をみても、「この人はわたしと同じようにいいことは誰にも分からないようにやっているのかもしれない」と思うのです

そうすれば悪そうな人を見てもその人の中に光を見つけることができる

俳優でいい役をしている人というのは実生活では反対だったりする

悪役をやっている人の方が人格が洗練されていたりする

悪役をやる人というのは実際の悪人を見ても「おまえ、悪い役をこの人生でやっているだけだよな、本当はいいやつなんだよな」ということを心から言える
言われた方はそんな事を言われたことが無かったから、犯罪を犯すほどの悪人になってしまったのかもしれない

いいやつだと心から言われることで、心がほどけて悪人をやっていられなくなる人もいるだろう

正義の味方をしている人というのは悪は滅ぼさなければならないというのが習慣になっている、悪人をいい奴なんだととても思うことはできない

親鸞の「善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をや」
という言葉がありますが、違ってるかも知れませんが、親鸞はこういう意味も含めていたのかもしれません

9月13日
あなたはあなたの信じた世界に住んでいる



「あなたはあなたの信じた世界に住んでいる」

このちょっと思いついた言葉で検索をかけてみるとまた津留晃一さんが出てきた
しかも検索の一番最初に

これが検索した言葉

またあんただね

どぉいう訳?

津留さんなんかした?

(ちなみに津留さんはお亡くなりになっています)

ここが上からのリンク先


どぉいう訳よのポーズを決めてくれたのは、ほなみちゃんでした

9月10日
同じこと言ってますがな 津留晃一さん

最近の思いつき言葉で検索をかけてみました

同じことを言っている人を探してみたんです

そしたら、いましたいました

あなたでしたかぁ〜

何度か名前を聞いたことがありましたがスルーしていました

その人は津留晃一さんでした

http://www1.ttcn.ne.jp/~turu/index.htm

メッセージ集
http://www1.ttcn.ne.jp/~turu/sub3.htm

言葉はわたしのほうが少なくて荒削りなので真意が伝わりにくいですがこの津留さんわかりやすいです。お勧め

9月6日
悪いという事

悪いという心(概念)がある限り
あなたの見る世界からは悪魔は居なくならない

「わたしは正しくあいつは悪い」と思うと柱の陰で悪魔が喜んでいるだろう

この世にわたしが生まれてきたのは様々な体験を通じて精神的に魂的に成長することだ

気まずい思いをすること、成功して喜ぶこと、失敗してがっかりすること、失う悲しみ、出会う喜び、自分が大きな病にかかること、大切な人が大きな病にかかること・・・・
この世にあることはいいも悪いもなく、全ては必然的に起こっていて、その役割は自分を成長させることと気づけば・・・

許せない行いがあるじゃないか!と糾弾している人は自分がこの世に何をしに来たと言うことを忘れているだけ

わたしのなかから悪いという概念がなくなり、他人の行い、自分の行いすべてを許せるようになり・・・

極楽浄土に至るとはこういうものだと感じることができるようになる

9月5日
求めること

いま出たところのほやほや言葉

勝利を求めなければ、あなたはすでに勝利者だろう

幸せを求めなければ、あなたはすでに幸せだろう

神を求めなければ、あなたはすでに神だろう

求めることをやめれば、あなたはすべてをてにいれるだろう

8月30日
エロいを否定する・・・・わけはない

オショーの『般若心経』に書いてあったことです

あまりにもくだらない話なので読み飛ばしてください






65歳の女性の質問
「どうしてもセックスのことが頭から離れません、どうしたらいいのでしょうか?」

との質問にオショーが答えたのを一部抜粋してみました

さあ、もう待つことはない!
それを終わらせてしまいなさい!
その中にはいっていくのだ
そうしないと、お墓の中であなたは
寝返りを打ってはセックスのことを考える羽目になるだろう


あなたは抑圧のほうは充分やってきた
今度はその中にはいって行ってごらん
神の贈り物としてそれを受け容れてごらん
さもないと抑圧というのは倒錯につながるものだ

代々木忠さんの『プラトニック・アニマル』に出会って以来、オショーなどの本とも出会い、自分の中のエロい部分を受け入れて、それでいいんだ、もっとオープンになろうということになりました

ずいぶん、わたしも抑圧してきたのかもしれない
20歳すぎまで同年代の女性と話しをすることが恥ずかしくてできなかった
それほどエロかったから、いったん外に出すとオオカミになりそうで怖かったんだろうかなぁ

こうやって書くことができるようになったのは、もしかすると、エロさが減退してきたからか・・・・
いや!そんなことナイナイ


人間はたいていだれでもエロいと思うんだよね
宗教のせいかもしれないけれどもなかなかふだん表にはだしていない
普通考えてみてもさ、イエスに最も近かった存在の人がマグダラのマリアで娼婦だったし、インドのクリシュナは女ったらしでとても有名
釈迦は悟ってからほとんど性的な話はないけど、王宮時代は釈迦が出家して王子をやめてしまわないように王が美女をたくさんあててハーレム状態だったけど、ありゃ充分やりつくしたから性的なことを卒業できたんだろう

なんて俺、ろくでもないことばかり想像して勝手にアブナイ宗教つくってるみたいや(笑)

8月27日
ベンツのエンブレムを見て

    

前を走る軽自動車(アルトやミラ系)に自分で貼ったと思われるベンツのエンブレムが付いていた

それを見て「ニセモノだーーーー」

と言うだろうか・・・

明らかな日本車である

感心してしまった

この人はベンツを持っている人よりも、幸せな人なのでは・・・

ベンツに乗りたいと思えば、今乗っている車をベンツだと思えばいい

そういう解決方法がある


我慢というのは我の慢心

今日の日記の続きです

我慢という言葉

正観さんは我の慢心と言っております
我慢ということばはあまり気持ちいい言い言葉じゃあありませんね

まんしん 【慢心】とは
自慢していい気になること。おごり高ぶること。また、その心。
「褒(ほ)められて―する」


ベンツ欲しいんです
と言う人に
嫁は「そんなお金どこにあるの!我慢しなさいちっ(怒った顔)」と言い
(まずはそんなものいらないと言われますね)

成功法則の人は
「あなたの願いは叶う、イメージしなさい」と言い

良寛さんは
「今乗っている車をベンツだと思えばいい」と言いました

我慢してでも欲しいという人は、手に入れて自慢していい気になりたいといのが目的で、
自分の車をベンツだと思いこめる人は自慢する事には関心が無くって、幸せに気持ちよく生きるのが目的な人なんだなって

佐賀のがばいばあちゃんってその典型だったりしますね

8月26日
しまなみ海道に行こうかと



しまなみ海道に行こうかと久々にバイクに乗ってみた
このNSR75は買ってから1年たちましたが走行距離はまだ100キロほど
初めての遠出だ



バイクでしまなみ海道の平山郁夫美術館に来ました
車で来ると高速道路料金が高いのですがNSR75は原付バイクなので格安で渡れるしかも橋を渡る途中で止まって写真を撮ることも可能なのですごくしまなみ海道に向いたバイクだ

平山郁夫美術館は大きな多々羅大橋を渡ってしばらく走ったところにあった
初めて訪れたのですがめったに美術品をみて感動することないのに感動してしまった

今日は暑くバイクは大変だとおもっていましたが、メッシュのジャンパーのおかげで汗をかいてから走ると天然のクーラーみたいだ

伯方の塩ソフトもうまい

それからこの文章はWILLCOMのキーボード付最新機種からかいているがこれも長文をかくのにとってもよろしい

もうあと1週間ほどで妻と赤ん坊が帰ってくる
これからはなかなかこんな時間がとれにくいので来てよかった

8月23日
このところ玄米晩ご飯

10日ぐらいは夕ご飯にお店で炊いた玄米ご飯を食べています

これが調子良い

午前1時になっても眠くならず、眠っても朝6時半に目が覚めてしまう

おかずはかなり少ない

ソーセージとキャベツを茹でたものにマスタードとケチャップをかけたものだったり、ちりめん、たくわん、納豆、豆腐、めかぶなどを日替わりで2・3点食べてる

明らかにおかずの品数は少ないのだが、玄米がスーパー健康食だということは体が証明しているようだ

先々週ぐらいの体調と明らかに違う

玄米が特別な炊き方をしたモチモチ玄米ご飯だからこそ継続できると思います

普通の炊き方をした玄米では堅く、ぱさぱさしています
沢山噛まないと胃にわるいです

8月20日(2)
仏陀の最後の言葉

仏陀が最後に何を言ったかというのはいろいろあるんですが、

何度もくりかえしくりかえし弟子の前で言った言葉で、最後にも言ったのもこの言葉だったそうです

「覚えておくがいい、
どんなことも、私が言ったからといって信じてはならない
けっして何ごとも自分でそれを経験しない限り信じるでない」

なんだか「神との対話(本の名前)」や「ラムサ」の言ってることと同じこと言ってたんだなぁと・・・・

学校教育やメディアや科学、etcと知識を押しつけて経験奪ってばっかり
それで、ステレオタイプのあほになっちゃう

だから遅れているという国の人々や小学校に入る前の子供の目が輝いている

教えてもらってない、知らないということにものすごく価値ってあるんだよね

知らぬが仏、体験することに価値がある

8月20日
もしかして究極語

ふと突然口にした台詞が、

「いいじゃん地獄ぐらい」

なかなか奥深い言葉かも

天国に行きたいとか、幸せになりたいという人と

天国なんか行かんでもえーやん、それがどしたん?

っていうひと

どっちが幸せを感じているか、もしも神がいるとしたらどっちが好きなんかってこと思ったら、やっぱ後者やろなーって

(あとで日記をUPしてみて気がついたのでしたが漫画イティハーサを発掘したのはこの日記の約10日後、このときの日記と同じようなメッセージのすばらしい漫画です 2007.09.24記す)

8月19日
ツイてるうんこ

昨日は不思議なことがあった

お店の開店準備中、高校野球の今治西とどっかの戦いを見ていました

確か6回までヒットが0で2点差で負けていました
これは負けるんかなぁって・・・

外を見ると子犬を2匹連れたおっさんが散歩しています

ちょうどお店の前の道で一匹が踏ん張りはじめました

でるぞー

見事にうんちしました

しかもおっさん、うんこ置きっぱなしでそのまま去ってゆきます

「おい、道路の真ん中だぞ!」

一瞬怒鳴り声をあげて、「うんこ取らんかぁ!!」
と言おうとしたのでしたが、

(ふうん・・・・うんがついたのかなぁ?)

ってな感じでうんこ置いてけぼりをパートさんに話をしたらパートさんが拾いに行ってくれました

(珍しいこともあるもんだ、運がいいことがあるということかなぁ)

なんて思ってるとTVから

「カキーン!わぁぁぁぁ・・・」3塁打やぁ同点やぁ

突然に今治西が打ち始めたのです

しかし、スポーツ興味ないから野球勝っても負けても俺はあんまり特別嬉しいわけでもないんだがなぁ・・・・(でもおもろいや)

ってな感じで営業開始

すると11時過ぎ頃からずーーーっとお客様でお店が溢れたのでした

やっぱりツイてるうんこだよなぁ

子犬のおっさんにも感謝(笑)

ちなみに今日の試合では今治西は負けちゃったのでした

8月16日
暇つぶし

人生というのは、死ぬまでの暇つぶし

なんだから平々凡々と健康で裕福で困った出来事もない人生って言うのは退屈するんだよね

だから困ったことでもあったらつい喜んでしまう
暇つぶしができるんだから

困ったことが起こらないならちょっと冒険してみよう
今まで避けてきたことや、恥ずかしかったこと、やりたいなぁっておもってたこと、ちょっと不道徳じゃないのぉ?みたいなこと

俺ってへんなの

8月14日
痛みも強すぎれば

足を切断することよりももっと大きな痛みだったら・・・

死んでいるのに気がつかないままバイクを運転して仲間について行っていたということもありえそうだ

そうならない為に、よきアドバイスを・・・

人に呼びかけても、返事をしてくれなくなったり、抱きしめようとしても素通りするようになったり、会いたい人に思っただけで目の前に飛んで会えるようになったら自分は死んだんだなと思ってください

アドバイス違うってあせあせ(飛び散る汗)

※バイクで足切断 気付かず走るというニュースに対してのコメントです

8月3日
ゾルバにはまり中

ビビッときた格言があった

一度でいいから人に使ってみたくなるセリフ

「人生は面倒でさあ・・死は面倒じゃねえ。生きるって・・どういう意味か分かってますか?バンドをはずして、面倒を求めることですぜ!」

8月2日
あさってから行ってきます

4日から13日までお休みしてきます
盛岡に妻とベイビィーに会いに行ってきます

4日と5日は山根麻以さんの山中湖コンサートで出店してきます

踊るうどん永木の初出店でなにをしたらいいもんだかたらーっ(汗)

とりあえず玄米おにぎり&いなりやタイムドメインスピーカーを販売してきます

うどんは火力と水と排水がとても重要なので今回は冷凍おにぎりを蒸してサービスいたします

たくさん失敗して経験と出会いを楽しんできます

7月30日(2)

優しさとは

同じ商品の賞味期限が近い方を買うことなりとみた!

7月30日
季節の変わり目には雷が鳴る

昨日の夕方すぎぐらいから、雷がすごく鳴っていた
雨は全く降らない不思議な雷だった

季節の変わり目に雷が多いことを経験的に知っている

ちょうど、選挙で自民党が大敗するというのがはっきり目に見えてきたのがちょうど同じ時間

昨日の雷はその意味の季節の変わり目か?

なんだか北斗の拳みたいだ(笑)

潤沢な政治資金の使い道でみんなにたたかれてますけど、
個人的には、政治家の給与は生活保護の金額と同じでいいと思うよ
北欧の国では実際そんなのがあって、兼業で政治家やっています。そのほうが真剣に将来の保証や年金のこと考える人が政治家になるんだよね

だいたい選挙中に言うのは「皆さんの為に」ですが
自分は高い給与と年金もらえるからそんな言葉が言える
最低限の給与しか政治家としてもらえなくなれば「自分の将来の為に」頑張る政治家が増えると、そうすれば、政治家が自分自身の為にしていることが貧しい暮らしをしている人の為になるんだよね

と、たまには政治のことに語ったりして(^^;

7月26日
赤子のような素直さ

  

その男ゾルバっていう本をご存じでしょうか?

今読んでいるところですが、傑作中の傑作といってもいいぐらいの本です、かなり昔ですが映画化もされました。

その本の中ででてくるゾルバの言葉を思い出したのですがとても印象深かったです

ゾルバは親方に「人間は食べたものをどうするかで3種類に分けられると思っている」「ひとつめの人間は食べたものをただ糞にしてしまう」「ふたつめの人間は食べたものを働く意欲や楽しみにかえる」「みっつめの人間は俺は会ったことは無いが、神にしてしまうという奴がいるらしい」どうも俺はひとつめでもみっつめでもないみたいだから、ふたつめの人間だとわかる。だが俺から見える親方は食べたものを一生懸命神にしようともがいているみたいさ「カラスみたいなもんさ」
「カラスがなんだって?」「カラスは昔、立派にカラスらしく歩いとった。しかしあるとき鳩みたいに上品に歩きたいと思って真似をしてみた。そうしているうちに元の歩き方を忘れてびっこ引くみてえに歩くようになってしまったんだ」

そんな感じのたとえ話だったのです
人間も大人になるにつれ本来の自分を忘れてきているのです
建前と感情に振り回されて精神がおかしくなっているひとが本当に多い世の中
ゾルバの生き方にはとても関心させられます

本はここで買えます

ちょうど旧作映画のカルメンを見ました(主演リタ・ヘイワース)
その中のカルメンも猛烈に素直で魅了されます

タイトルにもありますが、赤ん坊も素直(^◎^)バブー
あれほど輝いて魅力的なのは我が子だということもありますが、その表情の入れ替わりのスピード、全身を使って泣き、喜び、観察する姿だと思うんです
あの目はまるで賢者のようv(・◎・)ブイッ

人間歳をとるほど表情は硬く何を考えているのか伺えしれませんが(今の子供にも増えてきましたね)、もっと赤子みたく、ゾルバみたく、カルメンみたく純心な心を持つことがいいんだよね〜って感じです


老子の言葉です

人間、生まれたときは柔弱だが、死ぬときになると堅くこわばっている。
ものごとや植物の生き生きしているときは、柔らかくしなやかだが、
死んでしまうと、もろく乾いてしまう。
つまり、堅さやこわばりは死の仲間であり、
柔らかさややさしさは生の仲間である。
それゆえに、軍隊が強固であれば戦に負けるであろう。
堅い木は伐採されてしまう。
大きく強いものは下方に属し、やさしく弱いものが頂点に属す。(下編第七十六章)

7月16日
ほげぇほげぇ・・産まれる奇跡いろいろ






産まれてきてくれたほなみちゃんはもうすぐ3週間となる

しかし本当に素晴らしいこと続きでございます

そんな奇跡をちょっとあげてみると

1.盛岡へ到着して翌日産まれたこと

2.もともと自宅出産希望で自宅出産専門の助産師さんにお願いしていたのでしたが、しばらくして産婦人科関係の実力者による圧力で自宅出産は安全が保証できないと岩手県下での自宅出産はできなくなり、病院出産を強要されたのです。しかし陣痛が始まってからの勢いが早かったので病院に行くことができず、念願通りの自宅出産になりました。
ちなみに、現在の岩手県では自宅出産の確率は1000分の3人だそうです。初産で自宅出産というのはさらにずっと少ないのです。

3.産まれてから1週間後ぐらいに助産師さんに連絡があり、自宅出産規制が解除されました。(新聞で自宅出産できなくなったことが報道された影響かな)おかげで助産師さんの仕事が継続できるようになりました。

4.2386gと未熟児といわれる体重なのにとても元気な赤ちゃんで保育器には一応入ったのでしたが数時間で出ることができました。

5.見事につるんと出てきたんです。血もわずかしか出ませんでした。理想的な出産のその動画もしっかり納めました。今ならお知り合いの女性限定で直接お見せできます。

今は松山に帰っているので、盛岡とはスカイプでテレビ電話して赤ちゃんを見ることができます。
だいぶまるまる肉がついてきました。

全く親ばか日記です。

1枚目の写真 ピースしているのか、仏さんが印を結んでいるみたい
2枚目の写真 赤ちゃんの気持ちになるとおっぱいは巨大貯蔵タンクなのか?
3枚目の写真 こっちもつられて同じような顔をしてしまいます。

7月6日
お風呂に入れる





なんとも気持ちよさそうではないか
体を拭くときにバスタオルにくるんで顔まで隠すと喜ぶのだ

向こうにいるのは嫁さんの母で、最近着物生活をしているのです

7月2日
おっぱい洪水なのだ



入院してる嫁さんに電話するとおっぱいが出まくって困る程であるという

初めの夜は隣の部屋の保育器で泣きまくり、次の夜は一緒にいたけどおっぱいが出なくて5分や10分起きに泣き眠れなかったのでした(わたしは同室で爆睡してたんだけど)

今日だと1時間も寝てくれて大変楽になったと

おっぱいの威力はすばらしい

指導してくれる助産師さんがすばらしく、おっぱいの出しかたあげかた指導が見事なんです

飲んでみたらとっても甘かったです

おっぱい星人のわたしはライバルと競争して飲んでみたんですがぜんぜんかなわない!



調子こいてモノクロ写真に挑戦してみました

ああっ赤ん坊はなんて可愛いんだぁ・・・・・

名前は決まりました

でもまだ公表をユルしてくれてないお方が隣にいらっしゃいます

まだ考えてみたいそうである

うんちするときにブリブリッと可愛い音がします

真っ黄色のやわらかうんちです

いい香りがします

たくあん?

黄色いからますますそう思えてきます

明日退院します

経過は本当に順調で、ぐずる姿もかわいい

父親の自覚はまだあんまり・・・・

新しいおもちゃが手に入った気分(^^;

6月28日
ナイスタイミングで誕生


産休でお店を2週間お休み中です
24日から26日は光楽園という小林正観さんの合宿所へホタル合宿へ行ってきていました

26日に盛岡に着いて嫁さんと1ヶ月ぶりに会い、
翌日早朝より、軽い陣痛

まだまだ何日も先だと思っていたら夜10時頃
お風呂に入った後急に大きな陣痛が始まったのです

急いで助産婦さんに来てもらったのですが、すでに病院へ移動する余裕もなく自宅出産することになりました

まったく予期せぬ事態にあたふたしていたら生まれました

女の子です

体重は2368g

1時間ぐらいはヒィヒィと大変痛がっていましたが、
結果ものすごい安産でするっと出てきたのです

(痛がっていたときわたしは動物になったのり子さんにひっかかれないように爪を切ろうとしましたが、それどころではありませんでした)

助産婦さんが到着後30分ほどで生まれたのです

生まれたら臍の緒がついたまま抱きしめ、落ち着くまで待ちます
なんと幸せそうな表情をしているのでしょう

目も半目を開けて母親を確認していました

※写真は臍の緒がまだ繋がっている時です

嫁さんも元気です

体重が2500gを超えていたら自宅でそのままいて良かったのですが、少しだけ少ないので様子を見に出産後数時間後に病院へ行きました

すべて順調です

不思議だったのが、のり子さんのパパさんから先に「出産祝い」を受け取ったのですが、大きな陣痛が始まったのも同じ時間の頃です

ベビーちゃんは「ああっ祝い金を受け取ったかのに・・・生まれなきゃ・・・」って急いだのでしょうか?

それとも迎え棒の効果だったのでしょうか(^^;

そして名前決めなくちゃ

6月21日
船越康弘さんの講演メッセージ

こないだ今治で船越康弘さんの講演がありました

わらの家というのをやってます

講演の大事な部分を書き取ってみました

マクロビオティックの桜沢如一さんが師匠だったそうです。

桜沢先生は玄米食べたら健康になるとは一言も言ってない
玄米食べたら健康になる!健康にいい!
そこで終わっちゃ駄目なんですよ!
桜沢先生の本全部読んでください、必ず全ての本にあることが書いてある

それは何か
私達が生まれてきた目的が書いてあるんです
それがどう書いてあるか

やりたいことをやってやってやり抜いて、堪能するほどやりぬき、愉快で楽しい人生を送り、そして縁ある人全てに喜ばれること

そのために私達はこの世に生まれてきたのだ
って言っているんです

だから私達がこの世に生まれてきた理由は一つしかないんです
大好きなことだけして、幸せに生きるというんです

幸せになるというのは義務なんです
権利じゃないんです

それを忘れたから、おまえいい加減思い出せよって、病気になるんです

それを思い出して、大好きなことだけしたら、病気もなくなるし、借金とか辛いこと全部なくなる


やりたいことだけやって、周りと調和していること

以前わたしがこの目標を立てたことがあって、考えたことが同じだなと思ってたのでした

絶えず実践中です

効果ありますにょほほ

6月15日
 金魚にツっこまれた

 

先ほど、沢山のうどんを出荷をしたあと、お店に戻ってきました

出荷のために、かなりちらかっているお座敷をみて一言

「わぁきれいexclamation

その1秒後に金魚が跳ねて水を掛けられる

跳ねることはあっても水が直撃することはないのに・・・・

ツっこみをいれられた〜

まじびっくりした

6月12日
減圧

松山は雨不足で水不足ぎみになっています
どうも減圧されたらしく、バケツに水が溜まるのに時間がかかっています。

このまま続けば・・・・・




どうせなら以前のように時間断水になれば


休んで涼しく、水の豊富な盛岡へ遊びに行ける。

まってろベイビィ

6月2日
 独り暮らし中

先月24日に嫁さんは出産のために盛岡へ行っています

お医者さんに言わせると、ものすごく腹の中で動く子らしい

たぶん涼しくなる9月に帰ってくるだろうから、3ヶ月ばかり独身生活することになります

今日は風邪のために寝っ転がったりぼーっとしていましたが、
一人のためにこれまでにやりにくかったHPの更新などがスムーズにできそうです。

結婚する前は、自炊もやってたのでしたが、結婚生活になってからは作ってもらうことばかりでしたので、
一人になると外食ばっかりになっています。

それも体調を悪くする原因だったのかもしれません

ま、現状を楽しむことにしましょう

5月27日
お遍路は2度死ぬ

尊敬している正観さんがお遍路ツアーをしました
夫婦で参加したかったのですが、出産準備のために行きませんでした

友人のさくらばさんが素晴らしい遍路旅をUPしていたので回想してみました

長文になってしまいました(アチャ)あせあせ(飛び散る汗)



エゴイスティックに生きてきた
協力するよりも競争してきた
負けることに怯え、勝つことが重要だった
自分が目立ちたかった
何かすごいことを成し遂げたいと思っていた
物識りであることが大事だと思ってきた
大きな流れに逆らうことがかっこいいと思っていた
自然と敵対してきた
人の親切を素直に受け取ることが出来なかった
遅れをとってはいけないという性格だった
自分の力のなさを嘆くこともあった
人前では良い子を演じていた
あたりまえのことに感謝することができなかった
自分の力しか信じていなかった
自分の弱さにみじめな思いをした
孤独で辛い思いをした
人との関わりを避けてきた
悩みを打ち明けることが、弱さを認めることだと信じ、誰にも話すことが出来なかった
計画通りに行かないことがあるとがっかりした
例えば道ばたのゴミを見つけるたびに腹が立った

仏教では肉体が死ぬと遅くとも49日で次の肉体に生まれ変わるというといいます

歩き遍路はだいたい49日ぐらいかかる

わたしはうどん屋をはじめて1年と半年ぐらいで、すでに仕事に飽きがきていました
飽きっぽい性格なんですね
転職も多く経験してきて、長くても1年半ぐらいでした
旅行好きでアメリカ合衆国を70日間貧乏旅行してみたり、北海道までヒッチハイク、中国へも行きました

だけど、一人旅をしていることにどことなく空虚感を感じてきていました
世界中どこの旅先に行っても話すネタが同じようなものだし・・・・
旅をした満足感が薄れてきたのでした

その中国からの帰り飛行場の古本屋で「言霊の法則」という本を買ってから、言霊や成功法則、ヨガ、悟りに夢中になっていったのです

この本で紹介されていた中村天風にすっかりはまり・・・・
それから空海にもとても興味を持つようになったのです
空海(弘法大師)のことを知りたい、感じたいのと、自分一人でこれからのことを考える時間が欲しい
そういうことから遍路旅に出たのでした

初めのうちは荷物が重すぎて肩が痛くて歩けず、すぐに軽くするために荷物を実家に送りました
必要じゃないものばかりだったのです。
足に豆が出来るたびに針で穴を開けて赤チンを入れ、テーピングする
30分歩けばしんどくて座り込み、足を冷ます
ともかく辛かったのです
それに野宿でしたから今夜の寝るところもとても心配でした

それが高知を過ぎ、愛媛に入った頃からコツを掴みだし、とてもハッピーな気分で遍路できるようになったのです
今考えると、流れに逆らわなくなったのです

そして最後の八十八番札所大窪寺に行く手前の最後の峠道
半ばうるうるしながら一歩一歩感謝を込めて歩いたのでした

歩き遍路を始めるということは、死の旅にゆくこと

49日かかって再び生まれ変わる

遍路の世界には見えない大きな川が流れている

エゴイスティックな人、野心的な人、本当の自信を出せない人は流れに逆らおうとする

どんなに強くても、その流れと戦えば負ける

逆らおうとする人は地獄を見る

欲望を満たすことが天国ではない
欲望を満たすことは不幸の種をまいているだけ、いずれ自分がはまることになる墓穴を掘っていることだと分かるようになる

どうして頂点を極めるために必死に努力したスポーツ選手、政治家、野心家は皆、頂点に到達したとたん、精神がおかしくなってしまうのか?
それは自分の弱さを隠すために「自分は強いのだ!」とアピールしてきたのだが
ただ、弱さを押さえ込んできただけだ
到達したとたんそれ以上、上がない
上に登ることしか頭になかったものだから上が無くなったとたん我に戻る
麻薬中毒者の薬が切れたのと同じだ
今まで薬で押さえつけていたがもう薬はない
一気に自分自身の弱さに直面して怯えてしまう
本物の麻薬に手をだせば、一時的だが強くなったと感じ、弱さを忘れることができるからだ
弱いものだという現実から逃げ出すことができるが、ますます墓穴を掘ってしまう

剣道、柔道、茶道の「道」の精神を知ることのできた者は頂点に達しても奢らない、精神がおかしくなることはない
自分の強さを証明して見せても、思い上がりがなく淡々としている

自分自身が弱い人間だからこそ遍路で学ぶことができる
体力的に強い人間が遍路をしても学ぶことは少ないかもしれない
運動不足だからこそよかった
登山部の人間や歩き慣れた者にはあまり学ぶことがないかもしれない
病気であったり、差別されていたり、義足だったり、ハンディがあればあるほどOKだ
通常の勝ち負けでは力のある人ほど勝利に近いが
ここでは逆となる
心が病んでいる
体が不自由
遍路を四国病院というのが納得できる

急がない人ほど、よく知っている
前に付くよりも後につくひとのほうが

遍路のコツを教えて欲しかったら、一番速く廻りきるお遍路さんよりも一番ゆっくり味わい深く歩く人に聞いた方が良い

気力体力に溢れている人はお呼びでない

「幸せなのろま」に会うことができるだけでも意味がある
「幸せなのろま」は誰よりも速く八十八番札所をクリアしようとする者を非難しない
彼らは遍路によって徳を身につけたからだ
彼らは「お大師さんがついていらっしゃるし、言わなくてもそのうちわかるに違いないだろう」と思っている

徳のない人間が理論的に間違っていることを指摘しだす
「知る者は言わず言う者は知らず」というという老子の言葉が本当なのだと分かってくる

あなたは遍路をしていて政治が気になる
道ばたのゴミがきになる
近所とのトラブルがきになる
気になっていれば、まだなりきっていない
気になればなるほど心も体も疲れる
心が重くなれば、体も重くなると言うことがはっきりわかる
遅くても四十九日ぐらいはかかる
四十九日で成仏して生まれ変わる

回数や速くまわることを自慢したり目標にしたりする人がいたが、なんになるだろうか・・・

四国はほとんどが山の中
自然の中を歩くことが多い
臭覚が敏感になり、山から降りてくると排気ガスが気になるようになる
野宿することがとても成仏するのに役に立つ
毎日宿坊に泊まっておいしい料理を食べ、大きな風呂に浸かり、雑談し、遅くまでドラマやスポーツ、ニュースを見る
毎日現世に帰ってきているのではなかなか成仏は難しい

野宿をすれば星々の天幕が降りれば否応なく眠り、小鳥たちのさえずりと共に活動を始める
自然界の呼吸に合わせることが流れに合わせることになる

いつも現世では流れに逆らってきた
逆らうことが人間らしいと思ってきた
野心的で博識で自然界を支配し、八十八の煩悩を満たすことががいいことだと思ってきた

だがそうではない事を教えてくれた

流れに逆らわないことが天国だと分かった

心の声を聞けるようになった

どうにもならないことを簡単に受け入れることができるようになった

政治のこと、ゴミのこと、地球の将来のこと、兄弟のこと、両親のこと、喧嘩して別れた人のこと、病気になったこと

あらゆる過ぎ去った悩み事に「ありがとう」ということができるようになった

悩み事が生まれても「私を教えてくれていてありがとう」と思えるようになり、以前よりもずっと軽くなった

空海は天才でとても博識な人だったが、「即身成仏」の事を言っていました
「即身成仏とは、計り知れない長い年月をかけないで、この身体のままで悟りを開くことである。」
空海や釈迦ほど博識になるには計り知れない年月が必要になるでしょう
でもその必要は無いと言っています

遍路は白い死に装束を着て、旅先でいつ死んでも墓標になる金剛杖を持っています
遍路が始めることはまず、死ぬことなのです

あの世へ行くのです

本当に魂が肉体から離れてあの世に行った人は、初めのうち現世のことが気になります
残していった家族のことや、残した恨み、応援しているチームの勝敗、ドラマの続き、政治のことなど心配だらけ

それがだんだんあの世にいると気にならなくなってきます

すっかり気にならなくなったときが成仏で新しい肉体に魂が入って生まれ変わります

仏教では七日おきにそのチャンスがあり、遅くとも四十九日で生まれ変わる

遍路は歩きで四十九日ぐらいかかる
昔は車など無かった
泊まるところも野宿や善根宿だった
歩いて遍路した人はひとつひとつ八十八の煩悩が解け去り生まれ変わった

生まれ変わってからは現世に戻っても天国(極楽浄土)は続いていた
もし、煩悩が目を覚まし地獄道に向かいそうになってもすぐに気がつく
宝くじで一等賞が当たっても熱狂することがなくなる
質素な生活でとても大きな満足を得られるようになる
トラブルが起こっても楽しめるようになる
いつ死んでも気にならなくなる
目標を持って生きることもなくなる

空海は天才だ
言葉なく教える巨大施設を作った
教典を読まなくともいい
宗派が違っていても外国人でもいい
般若心経の意味も知らないままでいい
この仕掛けを作った空海にほんとうに感謝している
それを広めた衛門三郎に感謝している
遍路文化を守ってきた全ての人に感謝している
私を遍路に誘うために困ったことを起こしてくれた人に感謝している

社会に合わないと感じている人、悩みを持つ人、生まれ変わりたい人はどうぞ御四国にきてみてください

正観さん達の遍路ツアーはバスでしたが、正観さん達のことですからもちろん普通のツアーとは大きく違っていています
歩かなくとも生まれ変わった人が多くいるでしょう

5月13日
予定日

嫁さんの出産予定日は6月末頃です

わたしは一般的な占いはあまり信じていない人ですが、フーチー(振り子・ダウジング)はよく当たるので自分でやります

盛岡で産むので予定日にあわせて休日を取ろうと思ってやってみました

そうすると7月2日と出たのです

それは、スゴイ記念日だったのですexclamationexclamation

それはうどんの日

知ったときもちろん爆笑でした

ぜひその日に生まれてください目がハート目がハート

お店は6月24日から7月9日までの2週間産休させていただきます

もちろん張り紙には

出産のためお休みいたします

4月26日
知ること

昨日今日と、ずっとこの言葉がリピートしておりました

「知ることの中で最も尊いのが、足るを知るということ」

あれやこれや、新しいもの好きですぐに飛びついてしまう私なんですが・・・・

知識を多く詰め込むこと、手に入れがたいものをたくさん手に入れること、多くの人に賞賛されることetc・・・

足るを知る人(少しのことで満足できる人)にとっては「だから何?」って、どうでもいいことなんでしょうね

博識な人、有名スポーツ選手、お金持ち、政治家などになりたいという人にとっては、
足るを知る人とすれ違ったとしても気づかないかもしれません

まったく意外なところや、すぐ近くにその人はいるかもしれません

3月28日
儲かった夢

2.3日まえ変な夢を見ました

ある大きなゲームセンターに行ったとき、お金を持ってなかったのです

しかしゲーム台のつり銭口?を見るとお金がたくさんあります。そのすべてのゲーム台におつりが回収されたまま残ってます

ゲームをするためにお金がほしかったので何台かの台から一握りぐらいの小銭を頂いちゃいました

もっと台はあって欲しければ欲しいだけ小銭を頂けたのですが、誰かお金が必要な人がいるかも知れないと放っておきました

つり銭口の小銭をくすねるとはみみっちいなぁ・・・・
という感情と
俺って他の人のために残しておけるっていい奴じゃないか
という感情が混ざって変な気分でした

その数瞬後、手の中を見ると
札束をどっさり握ってました

これってどういうこと???
えっ・・・・???
こんなにどうしよぉ・・・
で夢は終わりました

夢の中でも人のためになにかいいことをしておいたのが良かったのか?

2月5日
すっかりおいぼれに魅了されてしまう・・・



OSHO(和尚)のーTAO老子の道ーを気に入って再度読んでいます
今度は和尚の解説の部分は読み飛ばして本文の日本語訳のところだけ書き写しています

まったく老子(おいぼれという意味)はすごいもんだと思うんです
その一部分です
イエスの生まれる500年前の言葉なんですけど、すごく相通じます。

天下は皆、私の教え、道(TAO)は、
愚かしさと大いに相通ずるものがあると言う。
それが広大だからこそ、それは愚かしさと相通ずるのだ。
もし愚かさと相通じていなかれば、
それはとうの昔につまらぬものになっていたであろう!
私には三つの宝がある。
それらを守り、大切にしまっておくがよい。
第一は愛。
第二は、けっしてすぎないこと。
第三は、けっして世の先頭に立たないこと。
愛があれば、人は恐れを持たず、
やりすぎることがなければ、人は大きく力を貯え、
あえて世の先頭に立とうとしないことによって、
人はみずからの才能を磨き、それを熟成することができる。
もし愛と、無畏を捨て、自制と力の貯えを忘れ、
後につくことをやめて先頭に出れば、それが人の運の尽きである。  (下編第六十七章)


2007年1月4日
今年のお正月は変!?

今は盛岡でお正月を過ごしています

去年はものすごい雪でしたが今年はまったくありません

お陰さまで体調は今まで盛岡に来た中で最高です

その勢いでわんこそば102杯食べれました

今回はなんと松山から1時間ほどの所にある大洲でカイロプラクティクをやってる木野本さんが盛岡に来ています

来ていますって言うか
こちらにお呼びして嫁さんの実家で臨時開業してもらってます

12月20日に連絡して元旦からいきなり来てもらったのですが20人以上の予約があり大繁盛です

木野本さんの腕はたしかで足が悪く病院では手術でしか直らないと言われ、杖で来た人が杖を忘れて帰るほど

全く痛くなくて、くすぐったいと言う人もいます

こんなに治してくれる人は盛岡にはいないから、また来てほしいとラブコールを送っています

私はそんな光景をそんなこともあるんだなぁと、不思議そうに見つめるのでした

木野本さんのホームページは木野本ストレートカイロプラクティックで検索できると思います

        

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