2001年1月22日

 みなさん明けましておめでとうございます。ちいとおそかったかな(^_^;>

 遍路日記後半編をアップしましたよ。

 私は20日の晩に松山ユースホステルに泊まりに行きました。「なんで松山に住んどんのに行かなあかんねん?」と私も思いました。だがちゃんと行く理由があったのです。

 スプーン曲げを教えてくれるのです(笑)
 更に私のことが分からなくなった方、申し訳ないm(__)mペコ
 でも続きを読んで下さい。
 松山ユースホステルというのは全国にあるユースホステルの中で利用者一番人気という調査が出ていました。スプーン曲げを除いても行く価値はあるなと以前から思っていたんです。
 私もアメリカ旅行に行ったときには、随分と色々なユースホステルを利用してそのアットホームな雰囲気にまた浸かってみたいなーとこの頃思っていたんです。今まで日本のユースホステルは3度利用したのですが、3回ともアメリカで感じたようなアットホームな感じを受けませんでした。
 ところがです。行っていきなり、「ここのユースホステルはやはり違うぞー」と2秒で感じました。見れば見るほど「これだ!」と感じました。リビングにはネコがねっころがってるわ、「あなたのオーラを写真にします」(やりました)だとか、変わったステッカーがそこら中に貼ってあるわ。等々、一度行ってみなくてはいけませんぞ。

 長くなりそうなのでいきなり本題に移します。

何のへんてつもない曲がったスプーンでしょう。向こうがオーナーが曲げた方で手前が私が曲げました。
私は「スプーン曲げができますよ」ということを知っていたのでなんにもびっくりしませんでした。TVでも見たことあるもんね。本当ですから行って確かめましょう。

それより驚いたのが次の写真

これはわかんねーだろー。
説明すると左右とも同じウースターソースです。
ところがです。よく見てください。
味が全然違うのです。(写真見たって分かるか!)。
文字で書いても口で説明してもわからないでしょうから、今すぐ、ソースか醤油を持ってきて、同じものを2つのお皿に注いで下さい。
そして一方の皿を左手に乗せて下さい。そして右手をソース(または醤油)の上にかざして(手の甲が上になるように)このように唱えて下さい「嬉しい、楽しい、幸せだなぁ」言っているうちに左手が少し重くなります。そうして10秒ほど待ちます。
では、手をかざした方のソース(または醤油)をなめて下さい。そうして、何もしていない方のソースをなめて下さい。おわかりになりましたか?
分かった人は手をかざした皿に今度は「馬鹿やろう!、まずい、きたない」と唱えて下さい。これで元の味に戻ったでしょう。

今日のお話はこれまでっ。
これは来週に従業員さんにも教えてあげなくては。
 

1月23日

 今日従業員さんに教えてあげたら、「さぶいぼができたー」って言ってました。つまりできたのです。そしてNEWバージョン。
大根下ろしは怒ってすると辛くなるのか実験!
 えーまず大根下ろしを普通にすって下さい。それを2つの皿に分けて下さい。この時点ではだれでも同じ味だと思いますよね。当然両方の大根は同じ味です。
 つぎに、片方の皿を左手に乗せて右手をかざして「楽しい、嬉しい、幸せ、百点満点・・・」等、良い言葉を連発しましょう。そしてもう片方には同じように手をかざして「馬鹿やろう、0点、こんちくしょう、辛い」などのマイナスの言葉を使います。
 そうして、10秒ほど待ちましょう。
 まず+(プラス)の言葉を言った方を食べて下さい。そして、マイナスの言葉を使った方を食べて下さい。誰にでも出来ます。ではでは。
 お客さんにも何人かやってもらいました。みんな見事に大成功。同じ大根下ろしなのに何故?
 まずやってみよう、こればっかりはやらないと誰も信じないよね。
 知りたい人はメール下さい。

1月25日

 昨日知り合いに醤油の味が変わるのを実験中に悟らせて頂いた。

何故俺がうどん屋をやっているのかなのである。

今まで、「香川のうどんが美味しかったのでうどん屋をやろうと思った」と人に言っていたのだけど、なんだか「まだ他にもありそうだ」と思っていたのである。「俺がうどんやをやる本当の理由はなんだろう?」って時々思ってたんです。

それを悟ったようなのだ。どうやら、
「怒ると大根が辛くなるという真実を実証して世に知らしめる」役目を持っているのではと悟ったのです。
 特に教育関係者に広げて学校の家庭科や理科の授業に取り入れて、「水道の蛇口をひねったら水が出るのがあたりまえだ」のように「大根を怒って下ろすと辛くなるのは、これ言霊によって当然のことだ」する役目を俺が背負っているようなのだ。
 植物にも罵詈雑言をあたえながら育てるのと、優しい言葉をかけながら育てるのとでは全く違う成長をするそうである。このことは既にTVなどで知っている人も多い。
 「大根を怒って擦る辛くなる」のは昔から伝えられてきた言葉だ、だが俺もついこの実験をするまでは「怒って擦ると大根を強く押さえつけて細胞がつぶれるからだ」と思っていた。だが真実は違ったのである。すりおえた大根を2つに分けて、良い言葉をかけた方は甘く感じ、「馬鹿野郎」と言葉をかけた方は辛くなったのである。しかも瞬時に。
 このことで数多くの謎が解けた。「子供が病気になったときにはお母さんがそこに手を当てるのが一番なんよ」。とか「悲しいときの涙は辛い」とか「ガン患者の8割の人は最初のガン発生の時期に重大な精神的ショック(配偶者が亡くなった、事故、何かの苦しみ)を受けていた」「真言宗のマントラ」「気の存在」などなど。
 たかだか大根なれど、そこから得られる教訓は数知れない。
 俺は思う。この発見は21世紀に福をもたらすと。電気を発明して世の中が便利になったようにこの力をみんなが「水道の蛇口をひねれば水が出るように」あたりまえのごとく知ったなら、「いかに言葉が重要なのか」「悪い言葉を使ってはならないか」が分かる。俺はすごい仕事を授けられたと思っている。
 

こりゃーとんでもない大根役者になったもんだ!


このHPを見られた方、ぜひ実証してみてください。

1月26日

今日も隣のお寿司やさんに大根実験をしてもらったら奥さんが「辛い〜」と言っていた。これは催眠術ではない。お寿司屋の旦那さんが初めにお店に入って大根をすり下ろして実験して旦那さんに味が変わったことを確認してもらった後に、奥さんがやってきて何も言わずに「食べてみて」とやって辛かったのだ。

言葉にはすごいエネルギーがある。そう実感させられた私は店内にも掲示してみんなに伝えなくてはとひしひしと感じる。

 
こんなん掲示してます。自分では真理の言葉だと思っています。

お客さんに、「そっちの道すすむんはええけど、うどん屋はやめないでね」と言われてしまった。
そだな。うどん屋は続けんとなぁ。
たのしみだなぁ、これからどういう人生を進むのか。

1月27日

嬉しいなぁ、楽しいなぁ、ありがたいなぁ。と唱えながら仕事をして5日目になる。今日も忙しく楽しい。おにぎりの持ち帰りが増えた。このことをパートさんに話してからを境にどんどん売れているようだぞ。きっと素晴らしい気を入れて下さっているに違いないのである。いやー楽しいなぁ。

暴力的表現の多い雑誌やTV番組が何故悪いのか分かった。言葉は毒にもなるのである。

1月28日

悩みのなさそうな俺なのだけれども、食と医療の本を読むたびに脳裏によぎるものがある。それは「卵や肉を出していてもいいのだろうか・・・・」と、肉うどんや玉ぶっかけ、肉玉ぶっかけは特に冬場お客様に喜ばれているメニューである。味には自信がある。だが、体には余り良いとはいえないのである。それどころかかなり悪いようであると感じている。動物性タンパク質は人間が摂るものではないのである。病気にかかる場合が多いのである。だから俺は避けている。

だからといって、明日から肉うどん、玉ぶっかけ、肉玉ぶっかけをやめたとして、お客様に理解していただけるだろうか・・・・それはすこし強引過ぎはしないだろうか。お客様のほとんどはそれでもいいから食べたいというお客様も多いはずである。例えばケーキにしても酒にしても、タバコにしても体に悪いことは分かっていて摂っているのである。その人にはそれで癒されるのである。心のことを最近研究しているが、ストレスは食べ物の毒よりも大きいようである。おいしいおいしいと食べていれば食べ過ぎなければ病気にかかりにくいのである。さらに、お客様の健康のためにとメニューから肉と卵を外してもうちの店で食べられないだけで他では食べるので、健康のためにというメッセージが伝わらなければ意味はなさそうである。

今のところはまだ肉と卵のメニューは続けるけれども、いつの日か無くなっていたならば、そういう理由です。決して大将が楽をしたいからじゃぁありません(笑)。

ちなみに今、玄米と大豆だけの食事に挑戦中です。(ちょこちょこっと他のもつまんでますが)

2月4日

 パラマハンサ・ヨガナンダの人間の永遠の探求の引用文を追加しました

 これを読んでいるとスプーンを曲げたり、大根下ろしを辛くするのがとってもちっぽけに感じる。でもいいのさ。これが本当の世界への入り口にもなるのだから。

 こないだもお客様に大根下ろしの実験を教えてあげたらTVでやってた水の結晶のことを教えてもらった。「バカヤロー」と言った水で結晶を作るといびつな形の結晶になるのに対して、「ありがとう」と言えば綺麗な結晶になるそうです。それが大根の味にも影響されるのだな。早く科学で証明してもらえんかな?じゃないといつまでも変人扱いされるのだ。

2月18日

ちょっと最近更に、宗教的、哲学的な思考が身に付いてきたみたいだ。今日思いついたのは、人間をコンピューターに置き換えてみると、

「人間誰しも、キリストや釈尊になれるほどの素晴らしい肉体(ハード)を神に与えられています。ところが心の行い方(プログラム)が未熟なために苦しみ(クラッシュ)が生まれます。
人間生活を理想的なものにするには理想的なプログラムが必要なのです。キリストや釈尊はそれを人々に説いていたのではないかと思います。」

のだというのです。最近は中村天風やパラマハンサヨガナンダ、法華経に夢中になっています。これらは本当に素晴らしいプログラムだなと思います。

2月25日

長崎県川棚町にある喫茶店「あんでるせん」へ行ってきた。何をわざわざ喫茶店が目的なのかというと、この喫茶店はただ者ではないのである。
この写真を見て欲しい。

前の日記にあったスプーンとは桁違いに曲がっているでしょう。
隣のは500円玉ですが、普通の500円玉に見えます。ところがこの500円玉は穴が開いたり、3つに割れたり、タバコや楊枝が通過したりした・・・・そして元の姿に戻った500円硬貨です。(なんなんだか)

要するに、超能力喫茶店なのです。ここのマスターは昔懐かしいルービックキューブをポンと上に放り投げただけでものの1秒で綺麗に組み立てたり、100円ライターをぐにゃぐにゃに曲げて見せたり、お札にブスッとペンを刺して、その穴を移動させたり穴を消したり、テレパシーやら念写やら、空中浮遊やらとにかくただ者ではないのを見てしまったのである。練習すればだれにでもできるそうである。そこに行ってみたい人は私までメールをください。やっぱり人間というのは万物の霊長なんだよなぁ。

これを理解したい人は良書コーナーのあるヨギの自叙伝などを読むといいでしょう。
 

俺はどこに向かってるんだろう(笑)


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