10月13日

最近HPに、ダンスにと色々頑張ってます(楽しく顔晴る方です)
更に調子に乗って年末年始に
キリマンジャロに登りに行くことになった
何故に富士山もまだ登っとらんのに
それはこないだのマイケルJローズのセミナーで会った夫妻がきっかけだった
その人がキリマンジャロに登りに行くという
一人旅の好きな俺はツアーには参加しない主義だ
だがこの夫妻の人柄に魅了された
「俺も行きたいな〜」
と羨ましいなぁという意味を込めて言っていた
そのときには俺には無理だなとおもっていたが、感性がモゾモゾ動き出していた

感性が調子を上げてきた
理性で押しとどめようとしていた
その日のセミナーでマイケルが言ってることも、本の中の斉藤一人さんが言っていることも
俺がここまでやってきた理由も
直感を信じろ

ところがキリマンジャロとはあまりに自分でもとっぴだと思ったので(登山好きでもないし富士山もまだなのに)
さらに自分の様子を見ていた
数時間経過しても1日経過しても帰りのフェリーでも「行きたい」というのが心に残った。
そこで探してみた
行けない理由があるのかどうかを
ちょうど冬休みの時期である。例年よく休んでいる。キリマンジャロ行くと2週間以上休みである。それは大丈夫。
お金がかかりそうである。なんとかなる。得られる経験はそれ以上である。
理性からOKがでた
感性は行く気満々なんで速攻で申し込みである。

と、いうわけで早いですが休みが決定しました
12月26日から1月15日までです
だんだん休みが増えている気がする・・・・

10月14日

ツイてるとありがとうと南無阿弥陀仏

俺は別に浄土宗でも浄土真宗でもないし、ほんの数年前なら南無阿弥陀仏を唱えると死んで阿弥陀仏様のところに生まれることができるというのは後世利益でインチキだと思って嫌っていた。今幸せにならんでどないするんじゃと思ってた。

ところが最近は違う。ありがとうとツイてるを言っているとどんどん幸せになっていることで考えてみた。
南無阿弥陀仏とは
阿弥陀仏様ありがとうございます
という意味なのである。
それを唱えるとどうなるか、当然今幸せになれるのである。
どうして南無阿弥陀仏を唱えれば「ほんとうは現世で幸せになれる」と言わなかったのか。
初めて広めた人が知らなかったわけは無いと思う
たぶんその時代では死がすぐそばにいくらでもあるし南無阿弥陀仏を唱えるとすぐ幸せになれますよと言ってもほとんどの人は信じてくれなかったのだと思う
その人の幸せになるための嘘は方便なのである
仏教というのは真実をいきなりバーンと言うのではなく、その人の理解のレベルに合わせたくさんの方便を使う
真言宗のマントラも同じものだ
小豆島のあるお寺に行ったとき地蔵菩薩の真言の訳が書いてあっただいぶ忘れたが、
オンカカカ○○○○ソワカ
の意味は
俺はワッハッハ(笑い)○○○○なのだ
となる。
この言葉には強力な力がある。○○○○という現実を呼ぶ力がある
たいしたもんである。
もし仏教者で自分のことを悲観してたり相手のことを価値が無いと決め付けたりする人があればそのことを知らない人なんだと思う
もしいたら教えてあげよう。やってることたいして変わんないんだということを。
いきなり「あんたの言ってること違うよ」ではなく、「分かるよそれ、そうだよなぁ。実はね昔は俺もそうだった」って

同じ仏教者どおしなのに宗派の違いでどっちが正しいと言っている人も多分それをしらない
南無阿弥陀仏も南無妙法蓮華経もどっちもいいんだよ
どっちのほうが楽しいか楽しくないかで決めればいい
俺のばあいは
ありがとうございますとただ何度も言う事だけどね

10月15日

意外と簡単だった

お金を支払うときお金にありがとうと言うと返ってくる
このことを以前紹介していた
聞けば簡単なことなのだが、ようやく自分でもできてきたなぁと感じるようになった
実感のほうは、ないようなあるようなである
しかしお神輿しの寄付をした翌日、貧しい国の先生を雇うための募金活動で靴下を売りに来た人に買ってあげた翌日はとてもお店が繁盛した。
やっぱり繋がっているような感じだ。
コンビニでちょっとした買い物をした際でもお金受けにお金を置くときに「ありがとう」とまだ小さいながらも声をかける
ちょっとした勇気であった
もうぜんぜん平気

できるようになると、うちのお客さんがお金を支払うときのことまで注意して観察するようになった
ほとんどのひとは、「ごちそうさま」か「はい」で、なかには無言の人もいる
お金を支払うときに「ありがとう」を言っている人はほとんどいない。たぶん50人に1人ぐらいのようだ。
観察してみると
無言の人は表情の暗い人、座っている姿勢も良くない人
「はい」と言う人は食べているときもお店を出るときもふつうの表情の人
「ごちそうさま」と言う人は会話したりするとき笑顔のよく出る人
「ありがとう」という人は一人でいても楽しそうな表情をしている人
のようである。

お金に「ありがとう」をいえるようになってこういう視点も手に入れたのも嬉しい

10月18日

暇なときはない

前から思っていたのだが、ようやく文章化できそうである
いつもお店は行列ができて忙しそうにみえるが、たまに妙にお客様が少ない日がある
今日もそうであった
そんなとき、「暇だな」とは決して口にしないことにしている
そうすれば今日せっかく足を運んでくださったお客様に失礼になる
そのうえ、「ひまひま波動」が放射されまわりに迷惑をかけ、笑顔がなくなり、笑顔がなくなると表情が暗くなり
お客様に話しかけられるチャンスまで失ってしまう
よっぽどの人でない限り今まで話したことの無い人で暗い人とは会話したくないものである
だからこう思うようにしている
「お客様が少なくてチャンス到来、今まで話すことのできなかったことを従業員やお客さまに話して喜んでもらうことができる。なにか出会いの予感がする。」

と考えていると実際に起こるのである
今日もそうであった
最初にHPを見て新居浜からわざわざ来てくださったお二人(ありがとうございます)。
いつものように忙しかったらとても話すことはできなかったに違いない。ツイてる。
そのお客様が帰られると、とたんに他のお客様がたくさんやってこられた。不思議なぐらいに。
楽しい話をしているかお金儲けをさせてもらえるかどっちかか、両方になるわけなのだ
ツイてるツイてる

これも物事をいつも肯定的に取るからそういう状況を引き寄せる
以前から肯定的な人だったが、ありがとうを連続でいうこと、ツイてるを連続でいうことをしていると以前は楽しい苦しいと起伏があったが
楽しい、もっと楽しい、楽しいになる

この頃は夢の中でもツイてるツイてるを言っているし、目が覚めたとき意識せずに開口一番に「あぁ気持ちいい〜」と言っている自分に驚いたりすることがある。
悪夢を見て困っている方、ありがとうとツイてるをぜひ試してください。
夢の中でもツイてると言えたら悪夢は見なくなります
もし見たとしてもそれはなんか特別な理由があって見ることになってるんでしょう(笑)
(去年の9月11日テロがあった時刻に仮眠してたら向こうからなんかでっかいものがぶつかってくる夢を見て起きました)

新しいスピーカーのおななし

あとに来た常連さんと新しく手に入れたタイムドメイン理論を使ったECLIPSE TD 508PAの試聴をした
このスピーカーははんぱじゃないっす

これがスピーカー卵型をしている

アンプとセットになっていて、これがアンプなんです。上の銀色のボリュームしか付いてない。アポロ宇宙船のてっぺんみたい。

スピーカーコード
小学生の電球の実験に使ったような細さ
他の太くて高級コードを使うと音が悪くなったと買ったお店の人が言っていた。
アンプも専用アンプ以外でやると音が悪くなるそうだ。

形が斬新なだけではない。とにかくすばらしい音である。
ビルゲイツも7000万かけたうちのスピーカーセットよりもいい音だと大絶賛(これの上位機種)したそうだ
お客さんも驚きの声をあげる
「目をつぶればスピーカーがどこにあるのか分からない。声が透き通っている。楽器がちゃんと別々に聞こえる」

実はタイムドメインを18000円のちっちゃいのと、スピーカーが上向きに付いた筒のYoshii9もあるんです。
18000円のタイムドメインminiは10万円のコンポよりもいい音だします。
Yoshii9はビルゲイツがびっくりした奴です。大きくて倒れる心配のためでお店に置けません。
オーディオマニアな人はあまり見ていないと思いますが、またレポートします。

10月23日

スピーカーの革命児

紹介するといっていたタイムドメイン社のYoshii9がこれである。

形を見ただけでまったく驚かされてしまう。
筒が2本でその上にちっちゃいスピーカーが上へ向かって乗っかっている
真ん中にあるのがアンプだ
ちっちゃいけれど、どんな高級アンプを接続するよりもこれが一番いいそうだ中身も違うんだろう
スピーカーケーブルは理科の実験に出てきそうな細い線
これで表情豊かな音が出る
その音というのが、TVにたとえると地上波放送とハイビジョンぐらい違いがある
でもそれよりもすごい
ハイビジョンの綺麗な映像を見る感動と、この音を聞くのとでは全く感覚が違う。目で感動するよりも音で感動するほうが上なのだ。
音で全身の細胞がびっくりして鳥肌が立つ。
前に紹介した卵型スピーカーも従来機と比べすばらしく音がいいが、まったくこっちのほうがすごい。
ダンスの曲選びに松山ユースホステルで昨日使用したが、部屋が広ければ広いほど良い音がでるような気がする
ジャズを聴いていると耳をスピーカーから20cmに近づけても本物のトランペットがそこにあるような錯覚をしてしまう。
これはスピーカーではなく楽器だと言った人がいたが、そのとおりだ。

松山ユースでのお披露目ではみんな感動しまくり、鳥肌たちまくり、エネルギーを充填してみんな喜んでいた。
これをお店に置けないのが実にもったいない。
今日はお客様が少なくなってきた2時から置いたけどね
カウンターに座っていた人、テーブルに座っていた人はそばにあるスピーカーから鳴らしているのに店内の上にある他の消してあるスピーカーから音が出ていると勘違いしていた。

これはリスニングポイントがどこでもいいというのもいい。普通なら一番いい音がするところはココというのがあるが、これは部屋全体に音が広がり、どこで聞いてもいい音だ。(トイレの中でも)

11月2日には三津浜公民館でこれを使ってダンスするので(てきとーに体を曲にあわせて感じるままに動かす自由なダンス)ただ聞くだけで参加するのもとても面白いだろうな。

いい音楽を聴くとうつ病の人が直るそうだ。そりゃ当然だろうと思う。

ここまでYoshii9をべた褒めしたのだけど、文字じゃなかなか伝わらないんだよね。
パイナップルを食べたことの無い人にパイナップルの味を説明しているような気がするのでここまで。
聞いてみるしか伝えられないから

10月29日

昨日の晩はスピリットダンスを仙遊寺でしてきた
夜景がすばらしく綺麗、設備も整っていてとても踊りやすい
音楽にあわせて自然に自由に踊るということは実にすばらしい
医療効果も期待できる
こないだ一緒にやったときはその人はひざが元々痛かったのだが、ダンスをするとその痛みが取れて今も良好だそうだ
自由に踊るということは体のゆがみもとれるし、自由な発想が出てくるようになる。l
今日は目覚めがすごくよく、体もいつもよりも軽い。

昔、一遍上人(←検索するといっぱい出てくるよ)が南無阿弥陀仏を広げるために全国を行脚した
そのときのほうほうが、鐘や太鼓を鳴らしながら念仏を唱え自由に踊るというやりかただったそうだ
民衆は一遍上人と共の者たちと一緒に自由に踊っていた
一遍上人は松山の生まれであるし、「踊るうどん」と名前をつけたのからして何か縁があるように感じる(屋号を考えたときは一遍上人のことは知らなかった)
ダンスをするようになったのも縁があるからなのだろう(直感です)
目を閉じて曲の波に自分を合わせるとすっかり瞑想状態になってしまう
俺としてはこんなのを待っていたという奴でますますはまっていきそうな感じだな

10月30日

うどん屋の大将が言うことなのか?

グルメ雑誌の数は増える一方である
外食が多くなったし、よりおいしいものを求める人が増え続けているからかな
グルメ情報は加熱し続け、どっちがおいしいかお店をランク付けしている番組、雑誌や本まででてきた

ところで
おいしいものを食べる方法を間違ってやしないだろうか?
おいしい料理を食べに行けばおいしい
それはよくわかる
だが、ほかにもいくつか方法がある
おいしいものを食べたかったら1時間待つ
もっとおいしい方法は2時間待つ
ま、これも当然誰でも知ってる方法だけど実行する人は少ない

おもしろい方法がある
料理に手を当てて、「体の一部になってくれてありがとうございます」という方法だ
小林正観さんの本に載っていたのだがたしかにうまい
ごまの実験でもやったとおりである

だからかなにか知らないけど、いつも特に意識して調理されたものに念をこめると素材の味がはっきりわかって実においしくなる
まずいものに当たったことが無い
特に自分が作った晩御飯とか抜群にうまい。調理の段階から念がはいっているからかな
いままで、まずいなぁと思ってたお店に行って試してほしい
インスタントラーメンがどれほどおいしく食べられるか試してほしい

当然ながらうちのうどんにはお客さんが念を入れる前から念をこめているからうまいんだよなぁ
ちなみに簡単に念を入れる方法は、感謝することです
私は農家ではありませんからお米の育て方もしりません、でも食べることができます。ツイてます。それだけでも感謝できます。
いつも感謝をかかさない人は、ほとんどいつもおいしい食べ物を食べられます
まずいものによく出会う人は感謝がすくないのかもしれません

P.S 一遍上人は南無阿弥陀仏(阿弥陀仏様ありがとうございますの意)と唱えれば幸せになれると説き、私は「ありがとうございます」といえば幸せになれると言ってます。えらい似てるなぁ〜。どういう訳じゃろ・・・・

11月8日

ますますたまげたマグナ石
マグナ石のすすめ


先日お客様がお風呂用マグナ石を買って帰った。
そのときに
お酒を飲むときに5つぶぐらい入れるとおいしくなったんですよ。お風呂に入れてみるとどうなるかと思って。


聞いたらすぐやるのが俺の本性
早速グラスにマグナ石を入れて焼酎お湯割を作ってみた

おお!これは屋久島で飲んだときよりうまい!

屋久島の三岳という焼酎を屋久島に行ったときに気にいってこっちでも買って持っていたのだがなんだか屋久島で飲んだときのほうがおいしいと感じていた。ところがぜんぜん違っていた。
雑味がなくなり、おそろしくまろやかになる。お酒を口に含んだとたんにぶわっと広がり、余韻がすばらしい。
たぶん超高級といわれる焼酎もこんな感じなのだろう。ぜんぜん別物になる
お湯で割ってからすぐ飲むよりも数分おいたり、もっと冷めるまでおいたほうがよりおいしくなる


これは三岳をストレートでロックにしたとこ
ほんまのロックやな
冷たいお酒だと変化するのに時間がかかるが数時間後には高級ブランデーに変身している
今まで気にいらなくて飲まなかった安物の焼酎でも試してみたが、ニヤけるほどうまくなった。
さすがは奇跡のマグナ石と呼ばれるものである
トルマリンの10倍すごいそうです(トルマリンの研究所より)

11月12日

今日は臨時休業にして黄熱病の予防接種に行ってきた
イエローカードをもらってきた
四国内で接種できるのは高知だけで、第2火曜日の2時からと決められている
黄熱病の予防接種は一度してしまえば一生大丈夫なのだが、手続きの都合上10年おきにしなくてはならないそうだ

高知へバイクで33号線を走りながら考えていたのが、恐怖と勇気についてである
勇気って恐怖があるからあるんだなぁ
人が勇気を使うときは初めに恐怖を感じなくてはならない
恐怖を克服しようとするのが勇気だからである

俺も恐怖を感じていたことがいくつかあった。どれも今は克服している。
人と話すのが嫌いだった。(意外でしょ〜)
女なんて特別話せなかった。話かけられると凍りつくような感じだった(マジマジ)
それが今ではヨガやらダンスやら精神系のお話聞きに言ったり、どれも女性の割合が8割ぐらいはありそうなのにどんどんはまっている。(別に女目当てではない!)

はたち頃、このままでは俺の人生いかんと思い。まずは人が嫌いなんだから、イヤでも人と話さなければならないことをしてみようと大学を1年で中退して飛び込みセールスの会社に就職した。
そこでは意外にもおしゃべり上手の同僚たちの方がどんどん早くいなくなっていった。勇気をだしたおかげで初めての人と出会っても恐怖心を感じなくなった。(最初の1件目の訪問は今でも覚えています。恐怖でガチガチでした)
ヒッチハイクもとっても役立ちました。

でも相変わらず女性恐怖症は残ったままだったので、今度は女だらけのミスタードーナツでバイトすることにしました
それでも少しずつ慣れていけばいいと思って女の多い表の仕事は避けて、厨房の仕事をさせてもらった
おかげでどんどん女性とも話ができるようになったのである。
それまでは当時パソコンオタクと言われた人だったのだから。

それとまだあった。英語がすごーく苦手で苦しんでいた。
工業高校でも英語の成績は平均点の半分ぐらいだったぐらいである
英語なんてなくてもなんでもできるんじゃーい!
と勇気を振り絞ってしたのがアメリカ旅行である。

気づくと思われるが、俺は恐怖に対して立ち向かっていったのである
こうして今では大繁盛するうどん屋ができているのである
「神との対話」の中に
逃れようとしてはならない、逃れれば相手はますます大きくなる
見つめれば消える
恐怖と自己否定は人間唯一の敵だ

その言葉を見たときにじーんときたのは経験してきたからであろう

もしかして恐怖を克服するために生きているのじゃないかと思う
もしも克服できずに命が終わってしまったら、次の生で同じ試練がやってくるのではないかと
修行のために生まれてきたんだという考え方は精神世界に入っていくよりもまえから感じていた
だから逃げずに向かっていったのだろうとおもう

今のところ恐怖を感じることがない
ひやっとすることが時々あるぐらいだ
恐怖っていうのとヒヤッとするは違うかも知れないな
恐怖があるあいだは寝てもさめてもそのことばかり考えているからだ。
ヒヤッはそのときだけだもんな。体の正常な反応といったところかも。

この経験になれてくると恐怖を感じるようなことがしたくなるから要注意(わはは)
恐怖を感じることと勇気をふりしぼるときの感じを楽しんでんですね。
恐怖を克服すると気持ちいいんだよね。まるでジェットコースターに乗るような感じ

追記

マグナ石の上にお酒を置いても、超まろやかなお酒に変わりました
やはりなんか石からでてるな
酒飲みが精神論話すって面白いっしょー

11月14日

来月の5日にちかくの中学校2年生の女の子が2人、職場研修としてうちで働きたいと連絡があった。総合学習でそういうのがあるそうだ。生徒を職場にお任せするのだから先生は楽チンだろうなと思うけど、生徒の希望した職場にアポイントをとるのが先生の仕事なのでそれはそれで大変だろう。アポインターの仕事をたぶん一度もしたことのない先生方のこと、おおいに学習できたに違いない(笑)

生徒を受けるこちらのほうはいったい何を伝えようか、まず一番に伝えたいのが
仕事をすることは楽しいこと!である。
メディアは好景気になろうが不景気だろうが、否定的な情報ばかり流す。過労死や自殺の原因についてあれこれ言ってるが、幸せな人はどのようにしているか話さない。幸せなことはニュースにならないからだろう。
これでは子供も先生も親も、「仕事は大変なのだ」と思い込んでしまう。だから楽なことをしていたんでは生活が成り立たなくなるのでは、我慢しなくてはならないのだと、わざわざ大変な道を選択をしてしまう。

俺はみんながやりたいと思うことをやっていても社会は回ると思う。それどころか今よりももっと楽しく豊かな生活を送っているはずだと信じている。

仕事は楽しいのだと伝えること、そして信じて任せよう。
手本を見せたらすぐにさせて、手助けするのは最小限にしよう。遅いからといって代わりにやって文字どおり「見学」させていたのではたぶん何も吸収できないだろう。
教えるこっちも修行である。
しかし楽しみだ。

11月15日

ツイてるツイてるって言ってたら、ツイてる現象がおこるよ!
と聞いて9月末ぐらいからツイてるツイてるの人になった。
その結果だと、自分では思うんだが、10月の売り上げは過去最高となった。
ちょびっと先月よりも多くなったのではなく、ぶっちぎりで多くなった。
言葉はすごいんである。
言ったままの現象が訪れます。
繰り返し語りますが、願いをかなえるときは完了形で言います。
「体が治ってくれてありがとう」、「最高です」などなど
病気を治してください、お金をくださいといえば逆効果となるので注意が必要です。
だから愚痴はよくないんです
食べ物の味まで変わっちゃうしね。
今日も喜んでもらえてありがとう!

11月18日

キリマンジャロ登山への練習にと石鎚山に登りに行った
石鎚山に登りに行くのは子供のころの学校の遠足以来である
5895mのキリマンジェロに登りに行くのに富士山はおろか、日本アルプスも経験はなく、「縦走」〔登山で〕尾根づたいに行くこと。

のことをこの間まで重装備で行くことだと思っていた者なのである。
アイゼン(足につける金属の爪)もストックも持ってない状態で石鎚にチャレンジした。
途中で雪が積もってきて「これはせめてストックが必要だわ」と引き返す
しかしここで帰ってしまってはもったいないと、お土産屋で石鎚登山記念と書いた800円の木の杖を買いまたもチャレンジ!
頂上付近まで到達すると歩道は硬い雪になっており一部凍っていた
マジでアイゼンいるわ
ところが降りてくる人たちにはアイゼンをつけてない、さらにストックまで持ってない若者がこわごわ降りてくるので、まあいけるんだろうと進んでいった
頂上まで到達したのだが、アイゼンをつけてなかった人は最初から持ってなかった人だけのようだった。帰りはもっと滑って怖いだろう
今回はデジカメを使わずに格安のAPSカメラを新調したのでそれで撮った(キリマンジャロ用)。いつもならHPにすぐに載せられるのだが、写真ができるのを待つのも楽しみだ。

くだりは思ったほど怖くなく、滑りながらアイゼンをつけた人よりも早く降りることができた。滑降を楽しんでいたのである(危ないので真似しないでね)
なかにはベテラン風の地下足袋で登って来たおっちゃん達もいた。サルみたいに早かった。

石鎚山山頂にて
近いうちにまた雪山登山に行きます
一緒に行ってみたい方連絡お待ちしてます


面白い別の映像が見つかりました。
スプーン曲げを教えてくれることで有名な松山ユースホステルで撮りました

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11月18日(その2)

うどんをひと晩寝かすためにビニール袋に入れているのだが言霊が入っておいしくなるようにいつもこんなことをしている今日のは4倍だ

私はまじめにおいしいおうどんを作りたいだけである
その場合だと私はこうなる
ここ何月もこうして書いている
実際おいしくなると思っている

真理は幼稚に思えて広まらないことがある
分かっていてもたぶん恥ずかしくてしない場合がほとんどだろう
それを乗り越えられるからうちはもっと喜ばれるおうどんやになるのである

うどん講習会などで、
「どうしてそんなに、なにもかも教えることができるんですか?真似される心配をしないんですか?」
とよく聞かれる
その答えはいつもこうである
「人に情報を分けているから、どんどん私のところに情報が集まるんですよ!」
これをブーメランの法則とも行ったものは帰ってくる法則とも因果の法則とも呼ばれる
「とってもおいしい作り方を秘密にしていたら町一番になれます。それを広めていったら世界一になります」

あと、
「どんどんバラすのは何故か?それは仲間を増やすためである」
敵に力をつけちゃうって恐れる人っていますよね
私の親も親戚もそう心配します
でもそうじゃないんですよ!
真実は世の中の常識とまるっきり反対なことがいくつもあるんですから

11月21日

俺は笑顔に自信がある
なぜだか知らない
子供のころはいつも笑顔なのでからかわれたりしたものだ
「ニヤついてんじゃねぇ!」って上級生に殴られても笑顔だったのである
別に意識して笑顔作ってたわけではないのだ
ある人は笑顔を作るのに必死に練習するが
俺の場合いじめられるので怒った顔を練習していたこともあった

その笑顔はアメリカに行ったときに日本人離れしているとアメリカ人に大いに褒められたことがある
(アメリカでは人と目が合うと「ニッ」とする習慣があるのです。子供のころからそういう風に練習するそうです。日本にもあったらいい習慣です)

今更ながら笑顔っていいなぁって思う
うちが繁盛するのも第一に笑顔だからこそと思っている
笑顔だと脳波にアルファー波が出てくる
アルファー波がでるとひらめきがよく出てくる
作り笑顔でも出るんだそうだ
「ありがとう」で願いがかなう不思議な話より

なんで笑顔の話題をしたのかというと、バイトしている篠崎君に
「挨拶の声が良く出るようになったね!今日からは笑顔を練習しよう」
ってことになったのだ
篠崎君はここで仕事をするのが初めてなのだ
以前は家にひきこもりがちだったのだが縁あって「ここで仕事しないか?」と誘って社会訓練も兼ねて仕事をしている
1年と半年が経とうとしているが彼の進歩はすごいものだ
以前は声も小さく人前で仕事をするのがとても信じられなかったぐらいだったのであるから
ここまで声を中心に指導してきたのである

「これからはいつも笑顔だよ」
「笑顔って徳積みなんだよ」
徳積みとは仏教用語で他に対して何かをしてあげること、それをすると自分に返ってってくる。未来に対する預金かな。
「笑顔って苦しみを和らげることができるんだよ」
「笑顔は伝染するんだよ」
「だから徳積みになるんだ。自分が笑顔になるといいことが一杯あるんだよ」
「仏教では人は仏なんだよ。自分が笑顔になるということは仏様の顔を輝かせることなんだよ」(彼は在家仏教で仏教を習っているからそういうたとえを使った)

じっさい、笑顔になっているとどれだけいいことがあるか分からない
人生を楽しく豊かにするのに写経も聖典も瞑想も必要もない。それはしたくなったらすればいいだけのこと。

もしも後世になにか残せるとしたら、
うどんの技術もいらん、記憶も、財産もいらん、健康も、超美形の顔もいらん(笑)
この笑顔だけを残そう!

P.S
斉藤一人さんもお弟子さんの納税者番付100番以内に入った小俣和美さんも好きなのは
仕事と旅行と観音めぐりだそうである
一人さんなんて一年に10ヶ月も旅行しているそうだ
旅に出るたびにお客様が増えるというのは事実らしい
これをパートのOさんに言うと「キリマンジェロ行く口実やね」と笑われた

11月22日

マグナ石のお酒がおいしくなる方法に続く新しい発見をした
うどんがおいしくなるのかなぁと、釜からでてきたあつあつのうどんを冷水で冷ますシンクのなかにお風呂用マグナ石を2個入れておいた。
すると、うどんの味は変わってないような気がするのだが、
亜麻仁油の効果が効いているとはいえ、この季節心配になってきだした手あれにぜんぜんならなくなってしまった。
午後3時仕事が終わっても肌がつるつるなのである
マグナ石を入れる前は少し気になるぐらいの手あれになっていたのにである
さっそく誰かに教えてあげよう。

11月25日

今度は徳島にある西日本第二の霊峰剣山(1955m)に登って来た
今度はアイゼンの心配は必要なく快適に登っていった。高いけれどリフトを使えば頂上に歩いて40分だし頂上のそばに売店や宿舎ががあるし初心者も安心できる山である。
今でも行者が修行する山で神社がいくつもある。
「神社って一礼二拍手二礼だったかなぁどうだったかなぁ」
と思いながら歩いていると
次の言葉が思い浮かんだ
神は変化が好き
そうだよな。形式にとらわれようとしていたところだったよ。
自然界を見るとどれをとっても変わらないものはない。
しかし人間は変えないように必死にがんばる。
苦しみは自然の摂理(自然の法・神の法)に逆らうから生まれる
昔お釈迦様(仏陀)の教えで「諸行無常」というのがある。
すべては常でないと説いた
お釈迦様に「赤ん坊が死にました。どうか生き返らせてください」と頼んできた若い女に「よし、分かった。そうしたらこの村の家々を回って誰も死人の出ていない家を見つけてきなさい。そうしたら生き返らせてあげよう」
そうして若い女は探し回りました
「お釈迦様どこにも死人の出ていない家はありませんでした」
若い女はそれで悟って悲しみを乗り越えることができました。
じゃ、神社でのお祈りの仕方だっていろいろあっていいのだ。
音楽だってそうだ、パソコンを打ちながらテイクファイブというジャズを聴いているが、いろいろな人がこの曲をカバーしている。どれも独特でこの違いがいい。音楽の世界ではまったくそっくりにする必要なんてぜんぜんない。
宗教の世界や学校の勉強の世界が同じことをするのを求める。発展はどうなってもいいの?
動かないと腐るよ。
決まりごとでいっぱいの学校もやだし、まったく同じことの繰り返しを求めてくる宗教にも魅力はない。

そんな話を思ったりして「俺ってすごい変だなぁ」と思いながら上に着いた
頂上の売店兼宿舎の横をとおると瞑想している人たちが部屋の中にいる
「わぁ瞑想してら、俺もまぜてくれんかなぁ・・・・」
だが瞑想中に声をかけられんのでそのまま頂上へ。霧がかかっていたので見晴らしは良くはなかったが心は澄んでいた
帰りに売店横を通ると知った人たちが・・・・
瞑想していたのはあまちさんのメンバー達だった
やっぱそうだったか・・・・
こんなところで瞑想している人たちだったらきっと知っている人がいるだろうと思った(笑)

剣山山頂
剣山山頂にて

降りるときは行場で鎖場という鎖を伝って登り降りするところがあったのでそこに挑戦したら思ったよりも冷や汗かいてしまった。
恐怖を克服するのに役立つからわざと険しいところにつくってるんだっけ。
たぶん昔は鎖なかったと思うな
こういう場所では中途半端な気持ちを持っていると落っこちるようになってますお気をつけを

11月28日

おとといに忘年会があり、お肉を少しとお菓子をたくさん食べてしまった。
普段はまったく食べなくとも、こういう機会の場合、ついつい食べてしまうのである。
案の定、その翌日は体の調子がくずれて、肩は凝るし体はすごく重くぼんやりと仕事をしていた。
でもなんか懐かしい気がした・・・・
何でだろうと思ったら、それは以前の私だったのである。
玄米菜食、亜麻仁油の食生活やヨガに目覚める以前は日常的にこんな感じでしょっちゅう薬箱を開いていたのである
そう思い出したときに、なんだかこのうっとうしい状態を許せてしまった
「そうだよな、以前はこんなだったんだよな(笑)今ではもう克服の仕方を手に入れたんだなぁ」

もう、現在では背中に羽が生えるようなほど普段は元気なのである
それで体が重いまま、スピリットダンスをやってきた(昨日の話ね)
首を回すと痛く、ちょっと心配だったが山川紘矢さんのスピリットダンスのCDと自分が選んだ曲の2セット合計2時間踊った
今回は8人だった。
それまでの疲れが飛んでしまった。
あの状態でよく踊れたものだと思うほど

で、今朝になると目覚めはパッチリといつもの日よりもあきらかに元気が出ている感じだ
足が地面に付いてないほどの軽やかさってやつだ
筋肉痛もない
これがスピリットダンスの効果だ
むちゃくちゃ元気である。普段の元気よりも。
音楽にあわせて裸足で自由に踊るというのはほんとうにすばらしい
新しい仲間も増えてきたし、来月のクリスマスバージョンがますます楽しみである