2月9日

さて、・・・・・
何から書き始めようかと心の準備をしてと
セアロのコンサート行ってきました
土曜日を臨時休業にし、土曜日のチャリティバザール、セアロの講和会、日曜日のコンサート、と見てきました
チャリティーバザールでは商品を見ることよりも、ミャンマーツアーで一緒になった人たちと再開を喜び合ったのと、他の講演会や合宿などで友達になった人との出会いを楽しんでおりました
宿泊を車の中と覚悟して出かけたのですが、ボランティアで金曜日から参加のRyoさん(うちのお弟子さんです)の部屋へ紛れ込んで2枚敷布団を敷いて寝袋で寝ました
寝袋で寝るのは好きなんだけど、床が固いのは苦手なのです
(家ではふつうだからね)

翌日のコンサートでは1時30分開演の終了が6時30分となる長いものでしたが飽きさせることなく地元の子供たちの太鼓の演奏、カンボジアの子供たちのパフォーマンス、高校生のダンスグループよるダンス、ガユーナセアロのグローバルハーモニー楽団がありました

最後は観客もステージに上がって踊りました

わたしたちは、ひとつになる」と合唱しながら
ほとんどのスタッフがボランティアでした
そして参加したボランティアの多くは感激に涙したそうです

今日月曜日はタイムドメインの由井社長がお店に来てくれました
何故って?
たぶん運がいいからです
この間うちのお店でタイムドメインスピーカーのYosii9を販売することに決まりました
それが決まってから2週間もたたないうちに松山にくる用事が由井さんにありましてそのついでに寄ってくださったのです
設置方法を変えてみて、あるいは周りに置いてある物を移動させて、綺麗に端子を磨いてもらって、持ってきてもらったお勧めのDVDプレーヤーで再生してくれました
今まででもすごくいい音だと喜んでいましたが、今の音はまたさらに磨かれました
今までYosii9で聞いていた音は何だったのでしょう・・・・・・
その音を良くするのに使った道具と言うのが水だったり座布団だったり敷物だったりします

座布団をまわりに置いてガラスケースで音が乱反射しないようにしています


タイムドメインminiをしっかりした床に置き、マットを敷いています
マットが汚れてるからという理由で譲って頂きました(大喜び)


由井さんと記念撮影です
このタイムドメインという会社は社員が6人だったか9人だったかとともかく少数なのです
ですがマッキントッシュの技術者に音がまったくすばらしい、ほかのスピーカーとは断然違うと惚れられてついにマックの正式スピーカーとして採用される可能性が出てきたのです(最新情報ですよ)
それにしても耳の良い人であります
こうすればいい音になるでしょと言われても私には分からなかったりしました
でも仕上がったものは最初よりも、ものすごく心にしみる音でした
由井啓之さんはマッキントッシュ使いです
会社に50台はコンピューターはありますが全部マック、私の持っているパワーブックと同じものを今日持ってきていたので由井さんは私のパワーブックを見て喜んでいました
さらにフジカラーのデジカメ用ポシェットまで同じのを使ってます
嬉しいですね
一緒に来ていた社員の女の子もとっても自然体でお遍路さんで私が使ってた金剛杖の鈴を鳴らしてずーっと遊んでいました(笑)面白い人たちの集まる会社なんだなということがはっきり分かります
明日は友達を呼んでプロジェクターとDVDで鑑賞会をします
楽しみ楽しみ
っって明日は火曜で営業日じゃん
という突っ込みが入りそうです・・・・・・
じ・・・・・・じつは・・・・・

転んで手首にヒビをいれちゃったのです

セアロのハートエキスポのある日の朝、駐車場の氷で滑って後ろ手についてぎゃーなのです
少なくとも1週間はお休みをいたします
これはね、一生に2度か3度あるかないかのすばらしいことが起こる前触れなのだと思います

前にも書きましたが、1年に1回あるかないかの怪我や病気などがあると1年に1回あるかないかのすばらしい出来事が後でおこります。一生に一度ぐらいしかない大怪我をしたときは一生に一度ぐらいしかない幸運がやってくる法則があるようです。友人にもそのような経験をした人がいますし、わたしも何度か経験済み(ただし出来事に対して文句を言ったらだめなようです)
どういうわけかワクワクしている自分
こうなったら開き直るしかありません

実は予感みたいなものを一月ぐらい前から感じていたのです
何か起きるのではないかと
でこれなんだと思いました
だから詰まりが取れてハッピーなのです
ちょうどよい格言を病院の待合室で持ち込んで読んでいた「一分間謝罪法」のなかで見つけました
バランスのとれた人生というものは、ただ働くばかりじゃない――楽しむことも必要なんだ。問題を解決しながら、ほかの楽しみのために時間をさくことができるとしたら、それは君が人生の達人になろうとしているしるしなのさ」
車の運転はできるし、手紙を書くこともできる、病院に毎日通う必要も無い
なんてツイてる状況なのだなのだ
ただ、うどんは体重をかけて伸ばすのでそれができないのと、包丁が1kg近くありますのでそれが持てません
くっつくのに2週間から3週間はかかるようです

これを機にさらに人間力をつけるために楽しみに行ってきます
2月15日のうどん講習会は予定通り行いますのでご心配なく

2月14日

予想はしていたのですが・・・・・
痛い目にあうとすごくいいことが起こるらしいというのは本当でした
強烈に運気がアップしてしまいクラクラしそうです
ひとつひとつ書くとまるまる1日以上はかかりそう
ううー今書くべきか・・・・
とりあえず時間があれば今晩もう一度書いてみます

今晩はダンスの日だったのですがそれを中止して映画鑑賞会にいたしました
ダンスの友人たちに集まってきてもらって早速始まったのが愛のこもったらくがきです

サポーターを持ってきてくれたくりくりさんが色んなペンを持ってきてくれてみんなで書き込んでくれたのであります
バレンタインデーにチョコレートをあちこちから頂きました。本命チョコはなかったようでしたが男ならば当然でありますが、とてもとても嬉しいです。
そしてサポーターに「ありがとう」を書いてもらうこと、これは今のわたしに最高のプレゼントではないかと思いました
恥ずかしいので一部の方にのみこれを見せることができるでしょう
何で怪我をしたのに「ありがとう」なの?
と説明がちょいと難しいとはおもいますが、こうやると早く治るというおまじないです

私は小林正観さんの話が大変好きですが、話以上に実はその周りにいる友人たちと会うのが最大の喜びになっています
みんな考え方が単純で、天然で、突き抜けています
私のように何が起こっても深刻にならずに「なんかいいことあるよー」と本気で思ってしまう人たちです
というわけで、怪我をして休みを取って最初に考えたのは正観さんどこにおるんやろ・・・
と検索してみましたらちょうど中四国、九州をうろうろしておりました
その主催者たちが友人たちで半分ぐらい占めています
これはいかなあかんやろ!
ってな感じです
というわけで、今週水曜と木曜日は香川へ行って来て、昨日と今日は山口におりました
香川の講演会場へ向かっている途中、山口で主催しているTさん「行くよー」と伝えようと電話を手に取りました
運転しながらじゃいけないなと、思って車を横に寄せようとした瞬間
PHSを手に持って2秒ほどしたのちにTさんから電話がかかってきました
飛び上がるほどびっくりしましたね
「来ることになってるんですね」と確認しあいました
その直前には私にとっての人間国宝クラスの宮武のおっちゃんとこ行ってました
行ったのは2年ぶりぐらいだったと思いましたがちゃんと私のことを覚えておりました
しかもそのときに連れて行った人のことまで覚えていてその記憶力のすさまじさにノックアウトされそうです
宮武のおっちゃんは2年前歯の反った包丁を使ってましたがこのあいだ行ったときにはまっすぐの包丁でした
見ると私とそっくりのそば切り包丁です
ただし私の使っているものは980gの包丁なのですがおっちゃんの使っている包丁は1.2kgと1.5kgの包丁だそうです
まもなく歳で店をしめようかと話していました
それはもったいない
そしてその日は祝日でした、祝日じゃなかったら定休日の曜日だったのでこれもツイてるな

善通寺のインター近くには新しい、ビニールハウスのうどん屋ができていました

店名は探しても分かりませんでした、ここもおいしかったよ
ゲリラ的に営業しているのかもしれません
讃岐うどんはこうやって奥が深いものです

香川の講演会にゆきますと背後から「おみやげー」と私に出雲のお土産をくださった方がいました
実はその翌日わたしの店まで食べにきてくださる予定だったのです
ここにいるはずの無いわたしがここにいたのでたいそうびっくりしていました
わたしはその日の遅くに帰るつもりでしたが、Yさん夫妻は「私んとこで寝なよ」とたっぷり楽しい話をしたうえにタダでまたもやホテルに泊まることができました
まったく怪我のおかげなんです

いったん松山に帰って金曜日に山口にフェリーでゆきました
私は乾燥のためか数週間ほどまえから湿疹のようなかゆみのあるプツプツが腕だけにでておりました
そこで前日に地元の近くの薬屋さんで「抗生物質の無い湿疹のクリームください」と頼みましたら
家に帰って気づいたのですがしっかりと抗生物質の入ったものを頂きました
しかも閉店間際のためにレジが閉まっており、レシートは頂きませんでした
これは翌日にも急いで返さねばとおもっておりましたが時間が無く山口に出発しました
柳井港からJRに乗り換えて新山口駅に着きました
ふと薬屋さんの看板が目に付きました
それでクリームを買いに行こうとお店に行ってみると
銀座まるかんの製品がならんでいます
それは私の尊敬する斎藤一人さんの商品なのです
お店の人に抗生物質のないクリームくださいというと、さすがはひとりさんの息のかかったお店だけあって親切な対応をしていただきました
そして「一人さんの本持っているんですよ」と切り出すと親しくなっちゃいました
さらに小林正観さんの講演に行くのだというと「わたしも行くんです!」ということでした
講演では128人集まったそうですが、そのなかの一人にこんなご縁が頂けたのです
仕組まれた出会いとしかいいようがありません
まちがって抗生物質入りの薬をくれた店員さんにも感謝です
そこで写真の絵葉書をいただきました
それは「斎藤一人の不思議な魅力論」という本の最後に紹介されてあった話なのですが、斎藤一人さんのお弟子さんの女社長が観音様を建立しました、その除幕式の日に観音様にかぶさっていた布を剥ぎ取ったときの写真です
そこには見事な虹がかかっています(写真
もう、ぞくぞくするほどの神々しい感じがします
その除幕式にそこのくすりやさんも行ってたそうなんですよ
はがきを見ながら、またもやたまげました
幸せが雪崩のごとく起こってます・・・・・・
って感じです

来週は実に会いたかった沖縄のKさん主催の正観さんの5時間講座というのを受けに行ってきます
Kさんはまだ会ったことがないのですが、私のHPを大変気に入ってくださって友達となり
はがきをよくやり取りしたり、本をプレゼントしてくださったりしています
今年は絶対会えそうな気がすると思ってましたら
突然にそのタイミングがおとずれたのです
まったく参りました
神様仏様、守護霊様、観音様、精霊様、なんか名前ないかもしらないけど影でサポートしてくださってる方
どうもありがとうございます
これからもまだまだ乗りに乗りそうです

まだしばらくお店を休んで骨休めいたしますが、どうぞ楽しみに待っていてくださいね
必ずレベルアップして再オープンいたします

2月23日


宮古島の来間大橋(くりまおおはし)より

来間大橋

今は流れ流れて宮古島にいます
まるで計画的に怪我をしたのだと疑われても仕方がないともいえるほど遊んでおります
(2月8日に高松の駐車場で路面凍結のために転んで手首の骨にひびが入ったのでした)
火曜日からオープンできるかなと思っていたのでしたが、念のために金曜日オープンとしました
前の日記に書きましたが、小林正観さんの講演会についていってます
福岡にゆき、そのまま沖縄本島へほんとうにいってきたのです
金曜日オープンといたしましたので、宮古島へもついてゆくことにしたのです
那覇から宮古島へ行く往復の飛行機を予約したときです
宮古の講演会で正観さんとお別れして宮古で2日間遊ぼうと考えました
正観さんは宮古島の翌日は石垣島まで行くのです
宮古島からの帰りの便を松山への出発便と同じ日にしようとして予約を25日といって電話で予約したのですが、24日に講演会が那覇市のとなりの浦添市というところであったので、つい行きたくなって
「すみません今の予約を25日から24日に変更してください」
と言ったのですが
「いえ、すでに24日で予約を承っております」という返事
わたしは25日に予約したと思い込んでいただけだったのです
このときに気づかなければ25日と思い込んで空港で初めて気づくというはめになっていたでしょう
また脱力しました・・・・・・
やはり行くはめになっていたようです

こんなことを書いていると変な人と思われるでしょうけど(すでに変な人だって?)
奇跡的なことが起こったということが毎日なんですよ
特に高松、山口、福岡、那覇、宮古島へはくるはめになってたんだよ
って、誰かが教えているみたいで
普通の人ならゾッとしたりするかもしれませんが、私の場合脱力して肩の力が抜けて「はーぁ頑張らなくていいんだ」
って気になって嬉しさとともに「ありがとうございます」って気にもなるんです
怪我をするといいことがあるっていうのは今回の沖縄旅行に一緒に追っかけをしている俳句の名人Kさん(前の日記にも書いてあるおわら風の盆の俳句でも入選した人ですよ)にしっかり実例を見せていただきました
だから怪我をしたときに「なんかいいことがおこる」と素直に思ったのでした
今回の沖縄講演会の旅を聞ける沖縄の方は幸せです
だって「怪我をすると奇跡が起こる」っていう体験者が2人も会場にいるのですから
しかも同じ松山同士なのも面白いです(二人で行く約束をしていたわけじゃないんですよ)
どんなことが起こっても自分の人生・他人の人生を嘆かないということがますます実践できそうです


那覇のすご腕な陶芸家の猫

その御方とわたし
そこで手作りの急須が気に入ってしまってそれを買うとおじさんは買った金額が半額になるのではないだろうかというほどおまけしてくれた
私がうどんの職人なので気に入ってもらえたようなのである

2月28日

無事に営業を再開することができました
おかげさまでたくさんの方に待っていただいたようでいつもよりもたっぷり忙しかったです
手首のほうは完全になおるまではまだ時間がかかりそうです
うどんを打つのに右手に力がかからないようにかばってますので、いつもよりもさらに不ぞろいな麺を食べることができますよ
それにしても嬉しいこといっぱい
何から書けばいいのやら・・・・

3月3日

沖縄へは行きと帰りの飛行機だけを押さえて行きました
宿は取らなくてもどうにでもなるだろうと
ところが現地についてみるとプロ野球のキャンプでどのホテルも満室であるのが当然だったのです
正観さんを追っかけて沖縄へ行ったのは私の他に同じ松山で正観さんの講演を主催しているKさんと福岡で主催をしているTさんだったのです
どちらの方も超がつくほどの正観さんの話の実践者なので「どーにでもなるさー」ってお二人なのです
で、やっぱり宿の予約は取っていませんでした
沖縄に付いて正観さんをお迎えにきていた現地の方に宿のことを聞いてみると心配してオロオロしておりましたが「正観さんが泊まるホテルに聞いてみる」と電話すると一室だけ空いておりました
3人ちょうど泊まれたのでした
やっぱりツイてます
沖縄市の講演を終えて行ってみますと客室数475室の巨大なホテルでした
残波岬という風景の良いところに建てられています
真っ暗な田舎道の中そのホテルに近づいてゆくと周りは菊の電照栽培をしているようで「うえから見下ろすと綺麗だろーねー」と言ってました
Tさんが「地上の星だねー(笑)」と言い、一本取られました

2月15日にはうどん講習会があったのですが片手で伸ばしたりしていましたが無事にすることができました
今回は沖縄出身で香川のうどん学校で修行中のH間さん他うどん学校の友達がやってまいりました
そして沖縄市の講演ではH間さんのお兄さんとも会うことができたのです
兄弟で正観さんともかかわってきたそうなのですがうどん講習会に弟さんがやってきたのが沖縄に行く直前だったタイミングも不思議です

念願だったKさんとも会うことができました
わたしのHPを気に入ってくださっていて、はがき友達になっていたのです
Kさんはたくさんの方にわたしのHPを紹介してくださっていたようで今回の沖縄旅行中に10人ぐらいは「HP教えて見らって見てますよ、Kさんから聞いていました」と、すでに沖縄では有名人になっていたようなのです
これはたぶん100人ぐらいには私のことを紹介してくれているな・・・・
うどん講習会を開催すれば何回か分けなければいけない程の賑わいになりそうで楽しみです

宮古島へ行く日の朝は大雨でした
しかし傘を持ってきていません
いらないと思っていたからです
月光荘という1500円で泊まれる宿に宿泊しておりました
朝になって「いずれやむだろう」とテラスに行きましたらアフリカの楽器、ジャンベを持ったおっちゃんがおりました仕事を辞めて自由に旅をしているそうです
その人が私の地元松山市出身者だったのです
しかも隣の町でした
大雨がふと霧雨になりました
「ここだー」と聞こえたような気がしてタイミングを逃さずに出発しましたら一滴も濡れずにモノレール乗り場にたどり着きました

あともうひとり、この前日に東京からやってきた同年代の女の子Tさんがいました
沖縄の正観さんの講演会のことは知っていたが、高い飛行機代を払って行く決意ができないでいました
私のHPを見てやっぱり来ようと思ったのだそうです
Tさんは運良く空いているホテルを確保して宿泊していました
那覇の講座だけ受けようとしていましたが周りの勧めでTさんは宮古島へも行くことになりました

わたしはモノレール乗り場で待っていますとTさんから電話がかかってきました
県庁前のモノレール乗り場にいるとのこと・・・
それは私の駅の次の駅なのです
同じモノレールに乗って飛行場に行く約束をしてなかったのですが同じになりました
次の駅に到着したときTさんがホームにいた場所も私のいた場所からすぐそばでした
「不思議だねー怪我するといいことあるねー」

飛行機に乗って宮古島に到着しました
那覇空港はとても曇っていました
飛行機のアナウンスでは宮古島も曇りだそうです
「でも晴れるんだよねー」
って言っていると宮古島上空がすっぽりと晴れていました
「やっぱりー」
タクシーの運ちゃんに天気のことを聞いてみると今日は雨の予報だったそうです
朝の9時ごろまで大雨だったそうなのです
やっぱりツイてます

って、今晩はこのへんで・・・・
まだまだ不思議なネタは尽きないのであります

3月10日

今日も沖縄の話の続きです
宮古島へ行く飛行機の便ははじめは夕方に到着するように予約していたのですが、講演がいつもよりもずっと早い時間、午後3時半だったので飛行機に朝10時に変更して乗っていたのです
普段は正観さんの講演は午後7時からが普通なのですが、その理由はというと昼間だと人が集まりにくいのと正観さんが完全夜型人間なので日が暮れてからやる気がでちゃうという人なのだからなのです
3時半からというのは離島からやってきた人がその日のうちに帰れなくなってしまうという理由からでした
(ふだん講演が終わるの10時ぐらいになるのがしばしばです)

早い便に乗ったので宿に行きました
その宿がまた気に入ってしまいました
ゲストハウス宮古島
素泊まり個室3000円とリーズナブルなのに加え、原付、自転車レンタルが無料、飛行場への送迎つき
しかも宿のおばちゃんがええ感じだったんです
さとうきび畑に囲まれてぼーーーーっとしているのにちょうどよい宿でした
自転車をレンタルしまして近くの海岸に行ってきました
それがもう美しいのなんの
あとでガイドを見たら東洋一美しい砂浜と言われているところでした
 
あまりにも美しくてツイてるを連発です
ゴミひとつない海岸が日本にあるとは思いませんでした
沖縄の人は知らない人が多いそうですが、沖縄は世界のダイバーからもっとも魚の種類が多くて美しい海と言われています宮古島ならなおさらなのです

さらに今日は朝まで大雨だったんです
来たときには遠くにひとつふたつ雲が天女の舞のようにあるだけなのですよ
天気予報では今日の天気は雨、さすがにツイてます

来間大橋から眺めた海面

・・・・・・
早い時間に変更してこれてよかったーーー
3時半から講演があったおかげでこの海を見ることができました
(続く2日間はくもりで強風が吹いていましたのでこのタイミングのよさに感激)

正観さんの講演には宮古島という離島であるにもかかわらず140人も聞きに来ていました
松山で開催するよりもたくさん来るんです
沖縄の人はそういう話がすきなようです

3月17日・18日とお休みします
「ありがとう村」へ行ってきます
初ありがとう村体験だ

3月15日

まだしたことが無いんだけど、してみたいことがあるんです
ふらりと立ち寄ったラーメン屋やうどん屋で
注文を取りにきたときに、ニコニコして大きな声で
「お客さんがおいしいっていうから来たんですよ、おすすめは何ですか?」って

なんだか自慢みたいになるのですが、いえ自慢なんですが・・・・
うちのうどん屋ではそうお客様から言われることがたくさんあるのです
たぶん言っている人はぜんぶほんとうに誰かに言われてきたのだと思うのです
で、わたしとしては言われてとても嬉しいのです
嬉しいから嬉しさを人にも分けてあげたい、「ありがとう!嬉しいこと言ってくれたからうどん特盛スペシャルにしてあげるよ、一緒に来た人は全部タダ」と言いたくなる訳です(気持ちだけはね気持ち、でもさりげなく一本ぐらい増えてたりします)
ともかく嬉しいなぁ、今日もいいことあったなぁなんて一日を過ごせるわけですから
一緒に勤めているパートさん達もですよ
いいことばなんです
ますます仕事にやる気がでちゃって先ほどよりももっといい仕事ができるようになるんです
そんな効果が言葉にあるのですから私としては嘘でもいいからあらゆる飲食店に行ったときに一言言ってあげたいんです(でも最後にどんなにまずくてもあれぇ違ったかなぁという顔をしないようにしよう)
そんなの嘘つきやんという人もいるでしょうが、嘘と思っても構いません
でも果たして嘘なのでしょうか?
この言葉を言われ続けると仕事に充実感を感じられて今までまずい料理しか出してなかったお店でも楽しく調理ができるようになっておいしいものができるようになるんです
そして本当に「おいしいって聞いて来たのですよ」という人が現れてきます
料理に自信が無くて商売を辞めようかという人に嘘でもいいから「おいしいと聞いて来たのです」といわれると急にやる気がふつふつと沸いてきて、「やるよ」ってなるかもしれません
「おいしいって聞いたのです」という言葉には、目の前にいる、それを聞いて来てくれた人にありがとうだし、噂をしてくれたひとにもありがとうなのです
どこかに応援してくれている人がいるというのに商売を辞めちゃったらその人は悲しむだろうって思うわけなのです

思うのです 嘘というものはない、口から出た言葉は未来にそうなるよという予約を入れることなんだと

沖縄へ行く前に福岡で正観さんの講座に参加しました
その半年ほど前に正観さんにわたしは愛媛のあるグルメ雑誌にインターネットの投票で一位になりましたと言いました。これも「ありがとうありがとう」という言葉を言い続けているおかげさまなんですよと

そうしたら福岡の講座中に私のことが紹介されて「インターネットの投票で四国一になりました」
と言われ、後の休憩時間中に正観さんに「四国一じゃなくって、愛媛一なんですよー」って訂正しておきました(高松、山口の講演にも参加していましたのですこしあいまいな記憶ではあります)
そうしましたら講座でそのことを訂正してくれました
さらに一言付け加えられました
「私の口から四国で一番になったという言葉が出たということはいずれはそうなるということなのです」と
さすがだなぁと思いましたよ
これが普通の人とは違うところだなぁと
もしも正観さんが未来を知る力がある人であるかないかは別として、いつも人を喜ばせたいという気持ちのある人じゃないとこういう言葉は出てこないないよね
もしも未来を見える人だとして、マイナスな現象が見えてきた場合、それを言う人ではないということです
TVによく預言者みたいな人が出てきて人を怖がらせるようなことを言う人がいますが
わたしはそんな人の言うことはぜんぜん信用しません
あなたは2年後に事故にあって大怪我をしますとか、病気になって死にますとか余計なことを言う人がいるんです
癌であと2ヶ月しか生きられないとか
それで元気の出る人ならいいんです「よし、残りの人生を精一杯生きてやりたいことをすべて2年のうちにやってしまおう」
そういう人は2年たってもピンピンしていたりします
でもそんな人は稀です、2年後に死ぬよといわれて元気が出るのは常に人から変人と言われている人ぐらいです
だから変人になりましょう!変人は自由人への第一歩!
っていうのは別の話として・・・・
喜ばれる一言とは何だろう
って生活しているって楽しいんです

「お客さんにおいしいって聞いたんです」って使ったら楽しそうだなぁ


小林正観さんの本を従来おでんがあったスペースを利用して販売することとなりました
天才たちの共通項
子育てしない子育て論
が大人気です

3月18日

臨時休業してありがとうおじさんのありがとう村へ行ってまいりました

それはともかくうちで修行中のやなぎ屋さんのページ(3月14日)を見てください
初めて自分ちのHPに自分の写真を載せたそうなのですが、すっかり壊れてます(笑)
わたしにすっかり毒され・・・・丸いたらいを見て昔を思い出したのでしょう(一寸法師??)

3月24日

今日は大繁盛日となりまして、昼の営業が午後1時10分ごろには玉切れが確定となりました
小学校の卒業式の日でたくさんの先生たちが、裏メニューの特大(3玉)を食べまくり玉数がどんどん減っていくなか、とどめに遠方から大型バスでやってきた団体さんで締めました
先週は書き忘れちゃったけど、ありがとう村から帰った翌日、その日も今日ほどのペースではなかったのですが、午後1時30分に玉切れとなったのです
そのような早い時間に玉切れとなるのは今年はじめてだったので、ありがとう村へ行って来た影響なのでしょうか?
正観さんの本をおいている影響もあるとおもいます
正観さんの本は波動(!)が高いですからお客様を呼ぶ効果があるのかもしれません(ま、売れなくても縁起物だとおもって置いてます)

斉藤一人さんの講演に行くことになりました
あちこちで紹介を受けちゃったのです
3度目の紹介でようやく申し込みしてみようかなぁという気になって
もういっぱいだろう
と思っていたのですが、セーフでした
場所は浜松です
4月25日午後からありますので詳細を知りたい人はメールください


ありがとう村でもらってきた「ありがとうございます」の立て札
さて、うちのお店には「ありがとうございます」が何個あるでしょう?

ありがとうシールもたくさんもらってきたので「HPみたよ」とおっしゃってくれると差し上げます

3月27日

いつも中途半端に旅行記が終わりがちなのでm(__)mゴメンナサイなのですが、今回は気を取り直して沖縄旅行の続きです

宮古島の正観さんの講演は大盛況で140人も集まってきていました
椅子が足りなかったのでござの上に座っておりました
松山でやって120人ぐらいなのにこの離島の宮古島でこれだけの人数が集まるというのが不思議でたまりません
実は福岡から電話予約を入れたときには満席で断られていたのです。ま、正観さんについていったらなんとかなるだろーって感じで行ってました
満席で断られた人が多数いたそうです。いったい断らなければどれほどあつまったのだろう・・・
沖縄の人には正観さんの話が分かる人が大勢いるようです
戦わないこと、争わないこと、努力しないこと、ゆだねること、協調すること
そんな生き方があってるひとが沖縄に多いよね
沖縄というのは「おっきなわ」、「大きな和」という意味らしい大きな和で「大和」
だから競争するより協調する人が日本の都道府県のなかで一番多い
日本の都道府県のなかで人口が増えているところが2つある
それは沖縄県と、東京都
どうも対極にあるもの同士がふえている
沖縄に魅力を感じた人が移住しているから増えているそうです
競争を離れてやすらぎを求めている人が沖縄に行くのかな

宮古島には宮古方言というのがあります
宮古方言というのは沖縄県でも独特だそうです
その宮古方言を本土で使っている場所があるそうです
それは宮内庁
皇室の中で使われているそうです。それは宮古島の人さえ知らないことだそうで、正観さんさすがです
正観さんの説ではどうも天皇家のご先祖は宮古島にいたようです
それがなにか南から攻めてきたとかとかの事情で本土に移住し都を築いたようなのです
京都のことを「みやこ」といっていたのは「宮古」が語源ではないかというのです

さらに不思議な話なのですが、日本列島の形を思い浮かべてください
その形は沖縄県の形に似ています
ある説によりますと沖縄は日本列島の雛形
さらに日本列島は世界の雛形だそうなのです
たとえば九州の形はアフリカ大陸、本州はユーラシア大陸、四国はオーストラリア、北海道が北アメリカ大陸という具合なのです
たとえばアフリカ大陸の人口の多いところと少ないところが九州の人口の多いところと少ないところとほとんど一致していたりするのです

ですから沖縄で今よりもさらに競争することをやめ、協調する人が増え、楽しく愉快になりますと戦争が少なくなるかもしれません

今回の旅の講演で特に新鮮だった話は「努力の反対語は?」という話でした
ふつう、努力の反対語といえば「怠惰・怠慢」なのですが、宇宙からのメッセージによりますと

努力の反対語は感謝
だそうなのです

どういうことですか?と聞きますと
「自分の力しか信用してない人が柱にする考え方が努力」
「他人の力を信頼している人が柱にする考え方が感謝」
だというのです
おおっ!
とそれを聞いたときに思いましたね
わたしだって努力の反対語は怠惰だと思ってました
しかしそれは3次元的な考え方
4次元的な考え方だと努力の反対語は感謝になるのです

心理学的に人をA型、B型に分けたとします(血液型のことじゃありませんよ)
A型の人 B型の人
大切にするのが責任感が強い正義感が強い、義務感が強い、自分に対しても他人に対しても厳しい
つねにちゃんとしている(つねに背筋がぴんとしている)おふろはかなり熱めのお風呂が好き
カレーは辛口を選び、うどんやそばにはからしをたっぷり入れる
音楽はロック系統が好み
目の間が狭く口がへの字
厳しい人
争わない、戦わない、きそわない、協調性が強い
いつも笑顔であること
口が逆への字眉と目が垂れ下がっている
コーヒー飲むときはミルクと砂糖をドバドバ入れる
ゆるんだ人

驚いたことに癌で死ぬのは全部A型なのだそうです
へぇぇぇぇーーー知らんかった
私に説明を求めないでね(^^;
話の聞きたい人は今日もどこかで講演をやっているので聞きに行って下さい
2次会では質問できますから
それに知恵遅れという人がいますが、正観さんのお子さんも知恵遅れなのだそうです
正観さんはそのために知恵遅れの子供の家族会みたいなもので話を聞くこともあるそうなのですが、知恵遅れの人は決して癌で死なないそうなのです
知恵遅れの子供は競争することがありません
とても心が優しいそうなのです、勝てないから競争しないというのでもなく、もしも競争で勝てる状況であっても勝ちを譲るほど心優しいそうなのです

病気が多いのがA型タイプ
わたしもお遍路しだす頃まではずーーっとA型タイプでした
お遍路して競争することが意味ないなぁと心から分かってから病気をほとんどしなくなりました
正観さんの話はそれを裏付ける話ばかりでした
だからはまるわけなのです

わたしはとにかくお金が欲しくて欲しくてお金持ちになるのが夢だったんです
高校生から日経新聞買って株式欄に目を通し、頭はお金儲けのことでいっぱいでした
金の先物取引を勉強したいために先物の会社に就職したり、儲かるからと就職情報誌で一番稼げそうな会社で営業をしたりもしました(月収500万円の営業マン人もいたところです)
アメリカ旅行はお金持ちになろうというのを止めるきっかけとなりました
貧乏旅行の面白さに目覚めていまい40万円でこんなに楽しい旅ができるのに会社持って忙しくて、たとえお金持ちになっても旅行ができなくなったらいややんとお金持ちはあきらめました
うどん屋だったのは少ない従業員で旅行にも行けてという考えもありました

でもうどん屋始めて最初の頃は売り上げの事が赤字でないにもかかわらず、とても気になって気になって売り上げ目標とかなんとか、自分が本当にやりたい仕事はなんだろうなんてつまらない考えを持ってたんです

で、長くなったので寝ます

4月2日

今日は感動することが2つも3つも4つもありました
うちのパートのSさんのお嬢さんは済美高校という学校で放送部に行っています
2年前から済美高校は男女共学になりました
以前は女子高だったのです
その高校がなんと春の高校野球で全国大会に出場してさらにベスト8まで勝ち進んでいたのですから驚きです
Sさんのお嬢さんは甲子園まで行って応援しているそうなのです
だからかあちゃんも試合が気になってしょうがなさそうです
昼の営業時間が終わってTVをつけると最終回の裏の済美高校の攻撃でした
6対2で負けていたので、もはや負けは時間の問題だなぁ
と思ってましたらすぐに2点とりましてあと3点取れば逆転サヨナラなのです
とはいえ2アウトの時点でだれも塁にいません
それがカウントぎりぎりでヒットを連続し1・2塁に進みました
こうなったら相手のピッチャーはたまりません
すげープレッシャーだろうと思います
それでも2アウト2ストライクまで済美高校のエースをおいつめましたが、
そこで逆転の3ランホームランでありました

Sさん喜んで喜んで・・・・
そのあとに一緒に食べた遅い昼食を「感動でおなかいっぱいで半分しか食べられないー」
なんて言ってます

そしてそんな愛媛県人にとっては奇跡の今日
私は誕生日だったのです
パートさんがいい人でケーキを買ってきてくださったのです
みんなで食べましたが、さすがSさんはケーキは(!)きれいに食べてましたね

宮古島に行ってたときに正観さんの講演で友達になった人をこの間偶然(必然?)インターネットで発見しました
かんぽう茶というのが体にいいというのをある冊子で見つけて検索したら
トップにオキナワ宮古市場があったのです
そこでかんぽう茶とともに「もずく」を注文したところ、今日商品が届きまして
早速「もずくうどん」を作ってみました
昼うどんに、かけにもずくを乗せたところうちの「とろろ昆布うどん」よりもおいしかったのです
これは商品になるじゃないかとハッと気づきました
おいしいものはなんでも商品にしてしまう私
ほんとはうどんのメニューは3つぐらいでいいとおもっているんですけどね
なんか増えちゃうわけなのです
食いしん坊なのね
それともこんなおいしいものを人に紹介させずにいられるものかというものもあります
さらにしょうゆうどんにもずくを載せてみまして食べると
これが猛烈にうまい
いつものつるつるしたうどんがさらにも増してつるつるつるつると喉にうどんが流れ込むではありませんか
商品化決定です

ここでさらにひとこと
みなさま誕生日のお祝いありがとうございました
みなさんのおかげでとてもとても幸せですほんとにツイてます
皆様にもよきことがますますじゃんじゃんおとずれますように

4月4日

まいったまいった

やったね済美高校!
優勝しちゃいました

正直まさかこんなに強かったとは知りませんでした
ぜんぜん期待してなかったのですが、なんというすばらしいことなのでしょう
S村さんがどんなに喜んでいたか見たかった


石手川の土手から眺めた桜とくるりん(大観覧車)
とか言いながら今日は花見をしていて試合をぜんぜん見てなかったのです
隣の花見の集団が突然大喜びし始めたので勝ったなと思ってたんです

夜桜満開でした しかも午前中は雨、夜は満月がきれいでした


このごろツイてることがほんとーーーーーーに増えてます
まわりにもどんどん増えてます
いったいなんのこっちゃいって感じです
嬉しいなったら嬉しいな♪

4月8日

パートのSさんがドキドキするようないいネタを教えてくれました

優勝した済美高校の上甲監督がTVに出演していました
上甲監督はいつもニコニコしています
いつカメラを向けていてもにやりとしていました
選手がエラーをしていたときもそうしていました
ただ者ではないなと思ってたらやはりただ者ではなかったのです

各試合のときに合言葉をひとつ決めるそうです
難しい言葉や長い言葉だと覚えられないから合言葉はシンプルにするそうです
逆転サヨナラを決めた4月2日の試合では
「ガンときてガンと打ってガンと走れ」
「ガンガンガンだ」
という合言葉でした

そして決勝戦ではなんと

「ツイてるツイてるツイてるツイてる」

が合言葉だったのです
出演していた監督も選手も笑いをこらえていたようでした

いやぁーーーーーーやっぱり
っていうのが私の感想
ツイてるを合言葉にするような監督なら優勝も当然ですね

4月2日に私がTVを見た瞬間(9回裏6対2)から大反撃をしてサヨナラ勝ちしてその日が私の誕生日で
こりゃなにかあるなと思ってたんです
そういうことかと納得しました
リポーターさんは「なんでツイてるなの?」ってなんのことやら分からない様子でしたが
しっかりとわかりました
しっかりそれを録画して私に渡してくれたSさんもすごい

ツイてる

上甲監督は誰からその話を聞いたのかなぁ・・・・
Sさんのお嬢さんが聞き出してくれるのを楽しみに待っています
ちなみに上甲監督は大のうどん好きだそうなのです
直接会ってみたい人であります