4月16日

無事にイラクで人質になった三人が帰ってきました
淡々と様子を眺めていましたが開放されてなにかスッキリしました
やっぱ心に引っかかってたんだな

三人が誰も殺されること無く無事に開放された理由というのは人質になった3人がイラクに対して理解があって同情していたことと、日本国内でも理解してくれる人がいるんだということが分かったから、
ようは、日本人や人質になった彼ら三人の行いがテロリストの心になにか響いたからでしょう

まったく、ほとんどイラクの人たちに理解を示そうとしないアメリカやイタリアの人質になった方は殺されたりしています
恨まれることを彼らはしてきたわけですから
人質になった当の本人には関係なくとも同じ国の人たちが殺人をしているというだけで殺されてしまう確率はぐっと高くなります

アメリカ的な個人主義的な考え方からですと同じ国であっても関係ない人を殺すのは悪だ!
となるのですが、イスラムの国の場合考え方がちょっと違うのです

チェチェンだったと思いますが、あるエピソードがあります
チェチェンといえばロシアにたくさんテロリストを送り込む恐ろしい国だと思われています
熱心なイスラム教信者が大勢います
ペレストロイカ以降宗教が自由化されあちこちにモスクが建てられたそうです
共産党に宗教が弾圧されていたのです

ある男が酔っ払って喧嘩をして人を殺してしまいました
殺された家族は武器を手に取り殺人した人の家に行き「男を出せ」と言っています
イスラム教の場合殺人はすぐにで死刑です
昔の日本のように「敵討ち」をしに来ました
ところが刺した男は怖くなって逃げてしまっています

そんなときどうするかというと男の家族を一人だけ殺していいことになっているんです
「わたしたちと同じ悲しみをあなたは受けなさい」「それで反省しなさい」
という理屈なのです
そのときは町の長老が説得にあたって、殺した男を厳罰にすることでかたずいたそうです

こういう法がずっと守られていたからでしょう
家族の誰かが殺人者にならないようにしっかりと教育します
イスラムの国ではお酒はいけないのですが、たとえ飲んでも飲まれるほど飲むことは決してしないそうです
もしも自分が酔っ払って人を傷つけたなら家族の誰かが傷つくかもしれないのですから
だからイスラムの国では喧嘩がほとんど起こらないそうなのです

で、そこで今ファルージャで戦争が行われているのですがそのきっかけが
何者かが民間人を焼き殺したそいつを差し出せ!抵抗するものは皆殺しだ!
というわけですでに百倍以上の民間人を殺してもまだ攻撃をあきらめません
イスラム教のルールとはぜんぜん違います
どっちが幼稚なのでしょうか?

ちなみに日本は原爆を落とされて何十万人同時に殺されても復讐しませんね
どの他の国も「なぜ復讐しないのだ」と不思議に思っています
精神的に進んでいるとはこういうことだと思うんです

でイスラムの人は今何をしているかというと殺された人のカウントをしています
今は殺されっぱなしのような状態ですが復讐の時を待っています
そしていずれは釣り合いが取れるように復讐するのでしょう
チェチェンのテロリストがそんなに頑張っているのもイスラム教の影響が濃いのです
仲間が殺されるということはこういうことだ、反省しろ!
ってことなのです

こう書いていますと私の場合イラクの味方のように思われますが、別にそんなことはどうでもいいんです
わたしの場合弱い立場の人の味方になる傾向があるのです
でも味方でもないんですよ、味方だったら誘拐された3人みたいに現地へ行ってますから

ちなみにわたしには正義感がちっともありません
正義感が強すぎるばかりに危険な現地にとどまって活動して、だれかを糾弾するんです
だいたい戦争は両者とも自分は正義だといいます
正義感がなくなれば戦争はなくなります
どちらか片方でも「あんたのいうこと分かるよ」
と柔軟になれば戦争にならずに済むのですから
硬いものと硬いものがぶつかるから割れる
どっちかがやわらかいと割れないのです

じーーーっと様子を見てましたら、戦争はドラッグだなと思いました
普段はそんなことを言いそうにない善良そうな人が壊れてしまいます
人殺しをするはずの無いような人が太平洋戦争で兵士だけでなく女子供まで殺してしまって平気な顔をしています
戦争が終わって田舎に帰ると元の善良な人に戻るのですが、戦争中にしたことを大変後悔しながら後の人生を生きるのです
戦争になるとこっちが善だこっちが悪だと決め付けるようになります
そして悪の方はしんじまえとなるのです
普段生活でお前なんかしんじまえなんてなかなか言うようなことはないはずなのですが
戦争ではそうなるのです
特に男が
男って馬鹿ですから
プッツン切れると怖いのはほんとうは男の方なんですよ

しかし戦争でもないと男って本性を表さないもんなんですよ
普段は蓋してますから
時々開放も必要なのかもしれません
その点女性は蓋が軽い(笑)ようなので深刻な事態にはなりにくくて結構です

わたしは自分のことを観察しているんです
こういう場面になったら俺って怒り言葉を言うのかぁーーとか
こんな状況でも淡々としているって俺ってすごいなとか

だいたい戦争になってどっちが悪いとか言っているってようはひまなんですよね
借金に追われて必死で徹夜で仕事をしていたり、応援しているチームの試合を見ていたり、恋の真っ最中だったらどーでもいいことなんです

たまたまひまでTVをつけたら戦争のことをやっていてあいつはひどいやつだなんて言っている
まったく自分に係わり合いの無い人を誹謗中傷する

時間の使い方をしては実にもったいないなと思うわけなのです
もしも悪魔さんがいたとしたら(いないと信じてますけどこの場合はたとえでね)
「ひっかかったなケケケケケ・・・・」
なんて聞こえてきそうです

最後に、「運がいいのは宇宙が味方をしている証拠」だということです
TVでは殺されずに釈放されたのを「たまたま運がよかっただけだ」とアナウンサーが言っていました
わたしは「運がよかったのは確かだろう、それは宇宙が味方をしてくれることをしてきたからだ」
と解釈しています
「たまたま運がよかっただけだ」と言う人はまだそれに気づいていませんから以後の行動に変化はありませんが
「宇宙が味方をしてくれたんだ、ありがたい」
という人はますます人に喜ばれることをしたり、ツイてるツイてるを言ったり、ちょっとしたことにもありがたいといい、人を責めず、痛い目にあってもなにかいいことがあるきっかけなのだと言い、不平不満を言わず、相手の立場で想うこともできる人となり、どんな悪い行いをしてきた人でも私に必要な人が現れてきてくれたのだと感謝をする
そうすると
ますます「宇宙が味方をする人(ツイてる人)」になるでしょう
4次元的に考えたらこうなりました

4月18日

のこり2人の日本人の人質が解放されました
一方で「なぜイラクに残ったのだ、さっさと危険を感じたら逃げたらよかったのだ」と非難を言うだけでなく
直接被害者にFAXや電話で匿名で怒りを表した人もいたようです

わたしは人質になった彼らを賞賛するのです
実はしたことはどうでもいいのです
ただ、命を懸けて行動を起こしたというその勇気を賞賛しているのです
その点ではイラクに派遣された自衛隊員やその家族も賞賛しているのです
テロリストもそうですし、アメリカの兵士もそうなのです
どっちがいいとか悪いとかいう話はわたしは面白くないのです
賞賛しないのは、命令するだけで自分や家族に命の危険がある場面になったら姿を隠してしまう人なのです
長官とか、大統領とかいう人がそうなのではと思います
いい手柄は私のものにして、悪いことは人のせいにする
ある国の指導者(特に徹底的にテロリストを潰すのだと言っている方々)の中には大勢いるようです

ガンジーだって塩の行進を始めた当初は参加者が10人ぐらいで熱烈な支援をしてきた身内の支持者からも、統治していたイギリスからもさんざん馬鹿にされ、非難よりももっと辛い無視をされたのでした

実は世の中を動かしているのはそういう命がけで勇気ある行動を示せた人たちなんですよね
天才的な科学者の中にも大勢いました
特に宗教の教えと違うことを唱え続けてきた科学者たち・・

だから私は人質事件に逢っても「私はイラクが好きだから残る」
というのは勇気あるなぁ
と思って賞賛するのです

勇気ある行動を非難している人というのは実は言っている本人に勇気がないのです
同じ立場なら逃げちゃうよと言っているのです
「国に迷惑がかかるじゃないか、そのために税金が無駄になるのだ」
という人がいます

今回の事件ではテロリストになる人たちというのが、一般的イラク人に近い人々なのだということと
毎日のように隠れ家を移動し、扱いも丁寧で食事もよかったので地域の人たちが協力的だったということを示していること
「日本人は無事だよ」ってことがファルージャを通過したタクシードライバーの耳に入るほど住民の間には筒抜けだったこと
イスラム教のお坊さんの言うことを聞く人たちがテロリストをやっている
日本人をイラク人は友人だと思っている
自衛隊には出て行って欲しいとファルージャの多くの市民は思っている

これだけのことを日本人や世界の人が知ることができたのですから無駄ではなかったと思います

おそらく人質になった5人はますますイラクを助けたいと思うでしょう
そしてイラクの現実を発信し続けるでしょう
それが、小泉さんやブッシュさんにとっては痛いのです
現実が表に出ると都合が悪くなってしまうのです
正体が明らかになるのを恐れるって変ですね
渡航を自粛しなさいと今度は法的に行けなくしますよと言っているのですが、戦争反対の人を行かせない為なのでしょう

こんな言葉がありました
「この世で神の承諾なしに起こる出来事はない」
否定・非難・愚痴・悪口・文句・悪句というのはすべて神のすることに文句を言っていることなのです

これは仏教的考え方、神道的考え方のようです
わたしもよく愚痴・悪口・文句がでてしまいます
ま、人間ですからしょうがありません
それさえ神は許しているということなのですから

日本は「日の本の国」といいます
太陽神を崇めているということです
菊の御紋がありますが、あれは太陽の象徴なのです

太陽というのは悪人にも善人にも、困っている人にも、豊かな人にもあまねく恵みを降り注ぎます
あんたは私に文句を言っているから、あんただけ今日は雨よってのはなしです
許しが基本で、それが愛なんだって太陽は教えてくれているのです
(それでも砂漠の国になれば太陽は罰を与えるものだという解釈が生まれるかもしれませんね、日本は温暖で水も森も豊富ですからそういう考えが浸透したのかもしれません)

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教というのは経典があってそれに「こういう場合になったらこうしなさい」
といことが細やかに書いています
問題が起こったら分厚い経典を開いて「聖典にこう書いてある」と言います
時には笑っちゃうぐらいな些細なことまで書いてあります
ところが神道の場合にはそういうものがない
仏教が伝来する前から命を大切に、敵をも大切にしてきた国なのです
やりたようにしなさい、私はいつでもあなたを見守ります
母が子供を見守るような立場なのです
砂漠で生まれた信仰が男性的なら、日本はもともと女性的な信仰でした
女性は命を大切にします
男の子というのは母親に信頼され、賞賛されると暴力的でなくなり、命を大切にし、知能の発達もすばらしく、世の中に役立つ人に育っていくそうです
正観さんと中村多恵子さんが共著した天才たちの共通項
にはたくさんの例があります
(店頭で販売中!)
ダメだダメだといわれながら育てられた男の子はその反対になるそうです
規則にがんじがらめにされてそだった人というのは人を信じることができなくなってしまうかもしれません
暖かく見守るというのは結構勇気がいるものなのです
ついつい余計な手がでちゃうんです

そんななか日本人がこれから世界平和を発信する中心的な国になるような気がします

勇気とは「湧喜」ともいえます
勇気ある行動こそが喜びにつながるのです
正義のために戦うというのも勇気ですが
負けを認める勇気
敵だった相手を許す勇気というのはもっと勇気のいる仕事です
それこそ真の勇気なのでしょう
そんな勇気ある人はいつでも常に喜びが湧いているようです

P.S
ってまー批判的な人を批判している私って・・・・
その程度なのであります
批判的なのを批判されて傷つかれた方ごめんなさいね

神(宇宙)は天も地も星も、水も火も、時間も私たちの体も、言葉も、感情もすべてを創造し
わたしたちのすべての行いを許しているしこの先どうなるのかも知っている
なぜ戦争を承諾したのか?
なぜ怒りや憎しみという感情を与えたのか?
喜びだけでいいじゃないか
その答えが欲しい
思い続けてふと無心になったときその答えが落ちてくるといいます
思ってよっと
パラマハンサ・ヨガナンダや「神との対話」、生きがいの創造、木内鶴彦さんの話や本を読んで、おぼろげながら見えてきたけどなんだか自分で文章にできないし話すことも難しい
「神様答えをよろしくたのんまっせ」

4月19日

あまり政治のことを書きたくないなぁと思いつつも書いちゃうわたしはまだまだなんだなぁ
と思いながらも書いちゃうのですが・・・・

スペインが撤退表明をしたそうなのです
何でかって言うと撤退を公約にしていた野党が勝ったからなのです
公約では6月末まで様子を見るつもりでしたが、
6月末になっても収まりそうに無いから早くしたそうなのです

これは何かって言うと、アメリカのイラク戦争によってますます世界の国々でアメリカに反対する国が増えたということなんです
最初から元の与党が戦争に反対していたら政権交代は無かったんですよね
それでも応援しなくてはならないような内部の事情があったのでしょう

これからはますますアメリカに反対する国が勢いをつけてきます
それは避けられようにないようです
日本政府もいろいろな裏も表も事情があってアメリカに協力しなくてはならないと与党さんは考えたようですが

スペインみたいになっちゃったら頑張ってアメリカを応援しても意味がないのです
それどころか応援すればするほどに転ぶ確率が高くなるわけですし、そのリバウンドもすごいわけなんです

小泉さんは日本のために一生懸命、それはもう寝る間も惜しんで働いていてすばらしいことなのですが、
道を誤るといけないんです

世の中から戦争を無くして平和な世の中にしたいのだという目的を持っているのに、武器を持っていくのは間違いなのです
これから北極に向かうのにアロハシャツなんか着て向かっていては風邪を引くのと同様なのです

イラクの多くの人が歓迎しないのに軍服を着て向かって行っては困ることがたくさんおこるのです
すくなくともサマワの人々には歓迎されているようですが、
自衛隊員もサマワの人たちに「日本は何を買ってくれるのだ?」
と言われて自衛隊員のやる気なえちゃうのではと思います
そのうえ「給水活動?そのぐらいのことしかしてくれないのか」といわれる始末でも活動を続けるのです
「本当に喜ばれることをしているのだろうか・・・・」と思いながらも
自衛隊が国内の災害で活動するときには自衛隊員に感謝感謝の雨あられで不眠不休で頑張るやる気もでてきます
自衛隊がイラクに派遣されるとNGOで一生懸命誠実に働いてイラク人と信頼関係を築いてきた日本人の命に危険を与えることまでしてしまいます
さらにはサマワで活動していたオランダ軍の兵士が具合がわるくなって調べてみると尿からはアメリカ軍が弾薬として使った劣化ウランが出てきたというのです
数え切れないほどの問題があり、行って働いている人は精神的にも肉体的にも大変なプレッシャーがかかることでしょう
それでも笑顔で帰ってきてくれるといいです

人質が開放された理由の大きな一つに
「自衛隊には帰って欲しいが、日本人は友人だから殺したくないのだ」
ここまで友人関係を築いてきたのは最先端で活動してきた人たちによるものなのです
お金だけだしていても友人関係になることはなかったでしょう
政府をたよりとしない地道な活動は大きかったはずです
「武器も持たず、命がけでイラクを守りたい日本人がいる」
イラクの人にますます友人だと認められたかもしれません
日本の政府が言っていましたが、「開放のときにテロリストに金銭が渡ったのではないのですか?」
という質問に
「彼らはお金では動かない」
と言っていました
政府は人質解放のために多くの税金が必要だったと言って被害者を責めていますが・・・・・・・
そのお金でどれだけの情報が手に入ったかというと入らなかったのです
だからその金額を要求せよというのは筋違いではと思ってました
要求額が35万円(健康診断代30万円+隣国への航空機代5万円)だと聞いてすごくホッとしてしまいました
なかなかやるジャンと
しかし健康診断が30万円もするってすごいなぁ
海外で病気をするとすごく高いんですよね

もしも自衛隊員が現地に詳しいNGOの下に入って武器を持たず、土色の作業着を着て活動していたら反応もかなり違ったと思うのですけどどうでしょうか・・・・・


そろそろ得意な不思議な話をということで
私によくお世話していただき講演テープや本など贈っていただける沖縄のKさんがいます
そのなかで一番紹介したいなぁと思ったのが木内鶴彦さんのお話なのです

昨日木内さんの本が届きました
早速まんなか辺りからめくっていくと面白い情報があるんです
全ページ面白いんですけどね

木内さんは22歳のときに臨死体験をしたそうなのです
それもただの臨死体験じゃないそうで、臨死体験を調査してきた人に死亡体験ともいえるものだったそうなのです
脳波まで停止して生き返ったのは彼だけだそうなのですよ
脳死したんです心停止もしちゃった
でも生き返っちゃった
当時めずらしいポックリ病という原因不明の病気にかかったために死亡したときには解剖して調査することになっていて調査のために色々な器具が体に取り付けられて脳波の記録も普通の人よりも厳密にしていたそうです
普通なら脳死して心停止、お亡くなりですというわけで、鼻にガーゼとか詰められてしまうところだったのですが、検体だからそのままにされたので助かったと言ってました
不思議でしょう
そういう話が好きなんですよ

脳波が止まるとどうなるかというと魂が離れるそうなのです
苦しかったのに体が楽になったというのです
で体を起こしてみると体は寝たまま
親父がじいぃぃぃっと体を見て涙を流している
ところが「どうしたんだよ親父」ってニコニコしながら話しかけるのだけど相手は気付いてない

話はだいぶ飛ばしますが、興味があったら本を読んでください
なかったらここで読み飛ばしてください
いつもの怪しい話ですから

魂が出て行くとどこへでも行くことができるそうです、どんな場所へも、未来にも過去にもです
質問すると一瞬に答えが出ちゃうところに行くそうです
その世界で月がいつごろ誕生したかというのを知りました
すごく天文学に興味を持っていた人だったんですよね
未来にも過去にもいけるんですけど、何年ごろに今いるのかってのが星の位置をみて分かるほど天文学を勉強していたそうです

すると月の誕生の答えは1万5千年前
すごい近い話でしょう
生き返ってからそんな馬鹿な話を見て来たなぁと思って、でも科学的に調べてみたんです
臨死体験で見たのは本当なのかなぁと

臨死体験で見たのは月は1万5千年前に彗星でやってきたというのです
氷の塊で中心に岩石でできた核がある
太陽に近づくにつれて氷が解けてガスが発生し帯になります
彗星の周りを水が漂っていたのですが、その水が地球に雨を降らしたそうなのです
それまでの地球の海面は今よりも二千メートル低いところでした
突然海面が二千メートル上がったのです
核は地球に衝突せずに地球の惑星になった
それを見てきたのですが誰も信じてくれませんよね

でも調べてみますとすごいことが分かったのです
月には海と陸というのがあります
海というのは水があるのではなく、今まで隕石の衝突の少なかった平らな面なのです
その海を観察しますと、そこに年間何個の隕石が落ちてくるのかが分かるのです
そうすると今あるクレーターの数が何個だからということで月が生まれてから何年ぐらいたったか計算できます
すると1万5千年前という計算が出ました
地球に突然に降ってきた雨と彗星にまとわりついていただろう水量が同じになりました
さらに、ヨーロッパのアルプス山脈がありますよね
そこの氷河が地球温暖化で溶けてなんと1万5千年ぐらい前の木の大きな船がでてきたんですよ
ノアの箱舟ではないかと言われています
なんだか聖書に書いてあったことが現実味を帯びてきました
沖縄の与那国島には海底神殿があるといわれています
1万年とか昔にあったといわれています

まだまだ面白い情報がたくさん書かれています
面白い本が手元にいっぱいあるのですが、どれも読みかけで・・・・・
はよよも

4月21日


かの宇野総理がペットに飼っていて評判だったウーパールーパーを買いました

ウソです・・・・・
もずくです(笑)
いちおう金魚の食用に入れてみましたらお気に入りにしたようです
手が生えているみたいでかわいいでしょ


芹沢光治朗さんの神の微笑みというのを読んでいます
芹沢光治朗さんは偉大な作家として知られているようです
葬式には作家としては過去最高の参列者が訪れたそうなのです
芹沢さんの本を初めて読んだのですが、芹沢さんは晩年になって自分の神秘的体験、宗教的体験を本にしたのです
これは自叙伝なのです
シャーリー・マクレーンのアウト・オン・ア・リムという本をご存知の方は多いかもしれません
うちのHPをご覧の方には(^^;
日本人的エッセンスたっぷりに芹沢さんが神秘体験を語っています
最初のほうには木と会話をする話がでてきます

木は人間に語りかけるそうなのです
ところが人間の耳には届かないのが普通なのです
最初はその声を聞いたときに「そんな馬鹿なことがあるか」と思ったそうなのですが
信じる以外にしょうがないような出来事がたびたび起こったのでした
芹沢さんに大変お世話になった木がご夫婦に喜んでもらえることをすると木が言ったのでした
来年の春になったら庭のあの場所に菜の花を咲かせましょうと
「その落葉をすてたところへ、菜の花を咲かせるって?立ったまま動けない木が、どうしてそこに菜の花の種がまけるんだね?」
「まくのはうそです」(木)
「なんだ、うその話か、・・・俺をからかってはいかんぞ。」
「うそって鳥の鷽(うそ)ですよ、ご存じないんですか、雀より少し大きくて・・・・・・・種まきのことを鷽にたのみました」

その翌年そこに菜の花畑ができたのでした
木は鳥とも会話できるというのです

人間ばかりが鈍感なのかな・・・・・
だから地球に植物に無礼なことをしつづけることができる・・・・

この本を読んだあとに友人と花見に行ったのですが
ちょうど散り時ですこし桜の木を揺さぶっても桜の花びらが落ちてきます

友人は酔っ払って調子に乗りすぎたのか、桜の木を蹴り花びらをたくさん落とそうとします
言っても分からないからと思って友人には言わなかったのですが・・・・
心が痛みました
蹴られた位では枯れることはない、こいつは酔っ払ってるから少し我慢してねって感じ
友人は幸せそうでしたが、わたしはまた花見に行きたいとは思わなくなるのでした・・・・

4月25日

斎藤一人さんの講演があったので浜松まで行ってきたんです
往復3万円かけて新幹線で・・・・1000円の講演会のためにですよ
それでも行く値打ちはあるのです
役に立つ面白い話をしているのですが、めったに一般向けに講演会を開く方ではないのですよ

詳しくはまた書くと思うのですが、またまたツイてたのです
今回の講演会場に行ったときには1番まん前の席をとれました
というのも今回の講演では会場を2つに分けて前半は3Fで後半は4Fに来て講演してくれるのです
それぞれ本人がしゃべってない会場ではプロジェクターを使用して見ています

4階で1席だけわたしのためのように空いておりました
さすがにまん前だから近くですごいなって
一人さんは見た目のインパクトがあるひとです
強そうだなぁって
しゃべりだすと見た目と違うんです

で後半の会では目の前にやってきまして、最後に花束贈呈が行われました
わたしのちょーどまんまん前で私のほうに向かってピースをしてくれました

やっぱツイてるなぁ

4月27日

4月18日の日記上で戦争のある訳を教えてください
「神様答えをよろしくたのんまっせ」とお願いしておいたところ
今朝お返事が届きました
(冗談かSFだと思って見てみてください)

木内鶴彦さんの話によると・・・・
木内さんは彗星発見家をしているのです
木内さんが4番目に発見したスウィフト・タットル彗星があります
その軌道計算をすると2126年の次の回帰で地球に衝突する可能性がとても高いそうなのです
2126年というとまず私たちは生きていないでしょうから関係なさそうですが、
今から真剣にその危機をどうやって回避するか世界中の科学者が集まりをして研究しているそうなのです
十何カ国もあつまって宇宙ステーションを建設中ですが、そのきっかけとなったのが宇宙からやってくる脅威にどう対処するか研究するためというのがあるのです
彗星の直径は約20km
500mの隕石が地上に落ちたときの破壊力は広島型原爆の1万7千倍といわれていますから20kmのが落ちてくれば全世界の海水が一気に蒸発するぐらいの威力はありそうです
そうなるとおそらく地球は微生物からやり直しになりそうです

ここからが私に届いたすごいなと思った答えです
「神様は無駄なことは一切しない、戦争も含めてすべては筋書き通りなのでしょう」という考えで戦争を考えてみたんです
そうしたらすごく納得のいく回答を得られました

地球に意識があるとします
その意識は人類の生まれるずっと前から隕石衝突のことを知っていました
地球は何度もこんな危機にあってきました

今度は育ててきた地球を守るためのすばらしいアイデアを思いつきました
ふりだしに戻るはご免なのです
その方法とはとてもリスクのある方法なのです
人間を利用するのです
人間は地球を汚したり争ったりして嫌われることばかりしています
動物や植物は必要以上に貪ることはなく地球の繁栄にとても役立ってきました
ところが、植物や動物には隕石から地球を守ることはできません
隕石から守るためには強力な道具が必要なのです

その強力な道具の一番の候補が核兵器なのです
それで20kmの隕石を爆破することはできなくても、軌道をずらすことはできそうなのです
しかもです
そのためにどうしても必要な核兵器の量が現在持っている核兵器の総量とぴたり一致したとしたらどうでしょう
それを知ったとき我々がなぜ凶悪な戦争をしていたのだろうかという答えが出てくるとともに
人類の発生の意義
宇宙規模の意識の存在をも認めるでしょう
そして新しい伝説が生まれ争いごとのない平和な世の中が何万年も続きます

地球を隕石の脅威から守るために人間が生まれてきた
そのための技術が必要だった
戦争はその技術を手に入れるためには必要だった
戦争を起こすためには恨んだり憎んだり怒ったりする感情、あなたがいくら苦しんでも私には関係ないという、一人一人は別々の存在だという考え方、そして過去の歴史から学ばない記憶力のなさもも必要だった(笑)
そして人類が作り出したすべての核兵器が隕石回避のために使われ、
回避するのにちょうどよい量を持っていた
あまりの出来のよさに人類は人間よりも大きな存在を認めるようになり、以後核兵器を作ることを止めて平和な世の中になった

なんてストーリがあったらどうしましょう
こういう結果になるとしたら戦争は悪だと決め付けることができるのでしょうか

わたしはますます世の中の出来事を淡々と笑顔で見つめることができそうです

このHPを今日初めてご覧になられた方はびっくりするだろうなぁ(^^;
神様のことがたくさん書いてありますが、宗教ではありませんのでよろしくです

4月29日

小林正観さんの著書「波動の報告書」というのを読んでいます
足立育郎さんとの対話です
そのなかでいろいろと不思議な情報があるのですが、特に気に入ったのがありました

それは「トベ」という言葉は宇宙語で原子電子陽子の「陽子」のことをあらわしています
足立育郎さんによれば意思とは何かって言うと陽子のことなのだそうです
詳しくは本を読んでくださいね

本の中から・・・・
「トベ」や「オデオ(中性子)」、「クニオ(電子)」という名前を会社名に付けるときは「ある決心が必要」だというのが宇宙からの情報です
その決心とは、従来の「会社」とは全く異なるもので、「もうける」とか「利益をあげる」ということとはまったく別の
「世のため人のために必要なものを広める、普及させる」ことを使命とする会社
そういうことが決心できたらこの名前を付けてよい、ということでした

砥部町、砥部焼のことも紹介されていました
うれしくなりました
わたしのお店では砥部焼のどんぶりをつかっていますし、個人的に砥部焼が大好きなのです
世のため人のために必要なものを広める、普及させることを使命だとは私は意識していませんが、
役に立つような役に立たないような、いままでの常識を覆す変な情報を世の中に広めていることのほうが商売で儲けを出すよりも好きだったりします(笑)
これがトベと同調しているから砥部焼が好きなのかな
砥部焼を作っている人たちも商売の得意な人は少なそうです
個人で家族ぐるみで作っているところがほとんどなのです
そして砥部焼の器でうどんを食べるとうまいのです

ますます砥部焼のコレクションが増えそうです
美しく丈夫で長持ちしますから値段は少々高くてもお得ですよ

4月30日

まいどまいど不思議な話を紹介しているわたくしなのですが
今日もまたいつか書こうと思ってたネタを紹介します

「人は本気で死ぬと思えば死ぬことができる」

というのです
初めの話は確かインド人の医学博士ディーパック・チョプラ(←検索おすすめ)の本でした
ある死刑囚に対する人体実験です
ある博士が死刑囚に対して医学の発展にとって重要な研究をするためにひとつ協力して欲しいと依頼したのです
「人間はどれほどの血液が失われたら死ぬのだろう」という実験でした
「医学の発展のためになるなら、いずれにせよ死刑にされる体なのだし、協力しよう」と実験に参加しました
被験者は椅子に座らされて目隠しをされます
指に小さな穴を開けてその下の計器にポトリポトリと血液が落ちてゆく仕組みです
血液の落ちてゆく音がはっきり聞こえます
みるみる被験者の顔が青ざめてゆき、血圧がおちてゆきます
そしていよいよ出血多量で死ぬところまで来たということを博士は告げると被験者は死んだのです

ところがです、実際は出血は最初だけだったのです
ポタポタという音は仕掛けの水の音だったのです
何の体に異常の無い元気な死刑囚でしたが、思いだけで死ぬことができたのです

木内鶴彦さんの話の中にもあったのです
木内さんは「太古の水」というガンや難病にも効く水を開発しています
(太古の水も検索おすすめ)

日本ではただの清涼飲料水という分類ですがアメリカの病院では薬として医者が処方しているそうです
水でガンが次々と治るので不思議がられています

その水を残り余命が3ヶ月といわれた癌の患者にアメリカの医師が処方しました
特別な水であるということは内緒にしておきました
内緒にするということはその医師はまだ水を信用していなかったのです

そして3ヵ月後患者は亡くなりました
医師は効かないじゃないかと思いましたが、念のために解剖してみました
そうすると癌細胞がどこにもなく、死亡した原因がどうしても分からなかったのです
医者の結論として「3ヵ月後に死ぬのだと言われ、患者が思い込むとそのとおりに死ぬ」
といったことでした

これまたディーパック・チョプラの話です
彼は医師なのですがある患者の開腹手術をしたときです
おなかを開いてみると癌がひどい状態で手の付けられないほどでした
結局はなにもせずまま縫いました
患者には「盲腸でしたよ、もう大丈夫です」
と嘘を言ったのです
数ヵ月後その患者がやってきたのでびっくりしてしまいました
しかも元気なのです
そんなに生きられるはずはない、これは幽霊か・・・・
と思って聞いてみたのです
すると
「先生に盲腸だといわれたときに決めたのです
わたしは癌だと思っていたのです
それが癌ではなかったと知ってもう2度と病気をしないと決意したのです」
そう決意したらどんどん元気になったそうなのです

かなり以前にTVで何度殺されかけても生き延びた不死身の警官の話がでていました
犯人との銃撃戦で、もう絶対死ぬだろうといわれるほど何発も銃弾を受けても決して死なず
もう5回も死にかけたそうですがそのたびに奇跡の復活をしてきたのです
その警官のひとことが「俺は不死身だ、絶対に死なない」ということ
いつも言っているそうです
やはりその言葉の効果でしょうか

5月1日

さらに昨日の日記に付け加えますと
人間は自分の思ったとおりの力を出すことができるということなのです
3ヵ月後に死ぬのだとインプットすれば3ヵ月後に死ぬ
「3ヶ月たってもぜんぜん平気だよ医者の言ったことは全部嘘だよ」と確信していれば死なないようです

「絶対に死なない、生きて帰ってくる」という探検家や軍人が亡くなることがよくありますが
どんなに何度も「生きて帰る」と言ってたとしても最後の瞬間には「人生でやるべきことはしたのだ」とか「こっちの世界(あの世)の方が楽しそうだ」ということで肉体から離れることを決めるようです

自転車に乗ることは出来ないと思っている人は自転車に触れただけで震えて体が固まってしまいます
自分には出来ないと思って自分に制限するとそのとおりになります
学校や会社に行くことを考えるだけでお腹が痛くなるというのも同じ
よい教育者とは人に自信や興味を付けさせるというのが得意という共通点があります
自転車に乗るのも、病気を治すのも、会社に行くのにも自信があれば何だって自分で勝手に喜んでやります

そんなふうに今からどんどんなってゆくといいな
こないだの斎藤一人さんはそういうのが大の得意ですばらしい人だと思うんです

5月3日

今朝は大分にいます
今日から4日間赤川荘というすばらしい温泉宿に泊まって正観さんの合宿があるのです
合宿といいますと勉強会みたいなものをするのかといったらほとんど遊び
ほとんどというのは失礼だな
わたしは100%遊びに行くつもりなのです
似た考え方をする人がたくさん集まるので、私の話に共感する人も多くて嬉しく、人の話もすごく興味深い話が聞けるのです
年齢層は高い人が多いです
不思議話が好きで愚痴悪口不平不満泣き言を言わず、うれしいたのしいしあわせツイてるという人が集まるのですから面白いのです
正観さんの話を聞きに行くというよりは、そこでわいわいしながら友達を見つけて楽しむ
楽しいことが同じ人が多いから初対面でも年代が違ってもすぐにうち溶け合える経験が頻繁に楽しめます

昨日から大分入りしたのですが、ついでに昨日は正観さんの講演会があったのでそれを聞きに行ってたのです
その内容とは、おおまかに
カタカナで書く「ヒト」と「人間」との違いというのがあるのですが、
イヌ、サル、キジなどの動物のように「自己保存」と「種の保存」で生きているのが「ヒト」
それに加えて喜ばれるために生きているのが「人間」だそうなのです
「人間」の上には「神」がいるのですが、「神」は喜ばれるだけの存在なのです

喜ばれる人というのは違った言い方をすると、頼まれごとをほとんど断らない人といいます
正観さんはあるときから、善意や好意での頼まれごとには、特別な事情のない限り、断らないようにしようと決意したということです
それからというもの人生の流れが大きくかわってしまったというのです

芸術というのは何かといいますと、喜ばれる物だそうです
実用的価値はほとんど無いけれど、それがあると喜ばれるもの

偉大な芸術というのが世の中にありますが、残っているものはすべてといっていいぐらい頼まれて作ったものなのです
クラッシックは宮廷音楽で依頼があって作曲家が作ったのです
彫刻にしても依頼があって作ったものが今でも残っているのです
自分でこういうのが作ってみたいからといって作った作品は自我があるので残らないというのです
頼まれごとをやっていく人というのは自我がほとんどないのです
だからいい作品が生まれるのでしょう



話はかわりまして
このあいだの斎藤一人さんの講演会でお弟子さんの柴村さんとお会いできました
そのサイン会がそこでありまして本を買ってサインしてもらいました
ここ大分へ来る途中のフェリー乗り場で読んでいましたら、なるほどすばらしい本です

一人さんは不満があるから人間なんだよと言っています
不満があるのが正常なんだと
どういうわけなのかというと
人間には不満があるから、どう解決しようと思ってやっているから社会が発展するんです
たとえばなにかで家を失った人は住める場所が欲しいと不満に思ってます
なんとか風呂とトイレが共同の家に住めるようになりまして満足します
しばらくすると「自分のお風呂が欲しい」と不満に思ってきます
そしてお風呂のついた部屋に引っ越して満足します
しばらくすると「クーラーが欲しい」と不満になってきます
とまあいつまでも不満は大豪邸を手に入れたってなくならないんんです

旦那さんがまじめな人だと「つまらない人だ」と不満になり
仕事をバリバリして家に遅く帰ってくる旦那さんに「家族サービスして」と不満になり
たとえ旦那さんが総理大臣になったとしても「自分ではなにも出来ない人なのよね」とか言ってたりします
不満があるのが正常だというのです

でもここで2つのタイプに分かれるのです
ひとつは不満を言っているだけでいつも不満を言って何もしない人
もうひとつは不満を解決しようとする人
一人さんは不満とは知恵の輪みたいなもんだと言って不満が出たら知恵の輪を外すように楽しんでいます
ひとりさんは不満があるから楽しいと思っている人ですね